54.162.121.80 箱舟が象徴する新世界

 

箱舟が象徴する新世界


(T)
聖書において、海は、不信仰や不安定の象徴として描かれることがある。

「彼らは、あなたがたの愛餐のしみです。恐れげもなくともに宴を張りますが、自分だけを養っている者であり、風に吹き飛ばされる、水のない雲、実を結ばない、枯れに枯れて、根こそぎにされた秋の木、自分の恥のあわをわき立たせる海の荒波、さまよう星です。まっ暗なやみが、彼らのために永遠に用意されています。」(ユダ12‐13)

海は「さまよう星」と同様に揺れ動いて落ち着かないものとして描かれ、一部、黙示録では、異邦人を象徴している(13章)。

異邦人(新約時代においてノンクリスチャン)は、落ち着きがない。なぜならば、聖書という土台がないので、目の前の現象に一喜一憂し、周りの環境に依存しているからである。真理よりも、目先の評価を気にして、心を騒がせている。

しかし、イスラエル人(新約時代においてクリスチャン)は、聖書という土台があるから、人間の評価、感情、トレンドなどに動かされない。

我々の周りには、我々を貶めてダメにしようとしている霊がいる。しかし、それと同時に、我々の周りには我々を取り巻く無数の御使いもいる。

信仰の目があれば、我々の状態が強固な守りの中にあることが分かるはずだ。

「そして、エリシャは祈って主に願った。『どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。』主がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。」(2列王記6・17)

信仰に入ることによって我々は安定する。

だから、聖書においてイスラエルやクリスチャンの象徴は「陸」とか「岩」なのである。

「あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」(マタイ16・18)

我々の以前の状態は「海」であった。しかし、今は「陸」だ。

(U)
神はまず海を創造され、そこから陸を現し、最後に園を作られた。

この不安定から安定への3つの段階は聖書に一貫して存在するパターンのように思われる。

出エジプトにおいてイスラエル人は、(1)エジプトという異邦人の海から出て、(2)聖地カナンに入り、(3)そこに神殿を建設した。

旧約聖書全体でも、ノアの後、(1)世界の諸民族の系図が描かれ、(2)アブラハムの選びが描かれ、(3)ソロモンにおける神殿建築が描かれる。

イスラエル人が罪を犯して捕囚にあい、その後世界に離散させられたことは、海の中に放り込まれたのに等しい。

離散は、秩序が破壊され、混沌の中に逆戻りしたことを意味する。

創造は、「分ける」ことを通じて実現する。光と闇を分け、空と海を分け、海と陸を分け、エデンと他の場所を分け、園とエデンの残りの部分とを分ける。

裁きは、この逆の効果を生み出す。創造の際に分けられたものは、洪水の中で混沌化した。

文明が罪を犯すと、神は野蛮人を用いて、それを破壊されることがある。ローマが滅亡した一つの原因は、多くの野蛮人の侵入にあった。英語でバンダリズムと言えば、公園や地下鉄などの公共物等への毀損、破壊を意味するが、これはローマを侵略したバンダル人の蛮行から来ている言葉である。

神は、文明が堕落すると、その文明を破壊して、もう一度、やり直しをさせられる。それは、再創造である。

イスラエルが執拗に罪を犯したので、神はネブカデネザルを起こし、エルサレムと神殿を破壊された(2列王記25・1‐21)。

しかし、神はこの反創造(decreation)の後に、3段階の再創造(recreation)を行われた。

まず(1)異邦民族を救い、ダニエルのもとで回復された(ダニエル4,6)。(2)次にイスラエルを回復し、彼らを故国に戻し、(3)最後にハガイ、ゼカリヤ、ヨシュア、ゼルバベルのもとで神殿を再建された(ハガイ1−2、エズラ1−5)。

世界全体の回復も、同じ順序を踏むだろう。

(1)まず異邦人が救われ、(2)ユダヤ人が回復し、(3)最後に神殿が再建されるだろう。

ただし、ここにおいて神殿とは、イエス・キリストの体と、クリスチャンの体である。新約聖書において、これらが神殿であると述べられている(1コリント6・19)。


(V)
ノアの洪水から逃れた人々は、箱舟に入った。

箱舟は、神の裁きによる世界の混沌化からの救いを象徴しており、それゆえ、それ自体が再創造である。

つまり、箱舟の外が海であるのに対して、箱舟は陸である。

ウェストミンスター神学校名誉教授メレディス・G・クラインはこの箱舟の構造について興味深いことを述べている。(http://www.wscal.edu/...)


(箱舟は)神の霊的な家である。天地という創造主の宇宙的住居や、後の、イスラエルの小宇宙である幕屋と神殿は、神の霊的な家を象徴するモデルである。

ここで、箱舟は、この宇宙的住居としての神の御国を表現するものとして設計された、ということを見るべきである。

というのも、箱舟は、航海に適するものであったが、船としてではなく、家のようなものとして作られたからだ。箱舟に関する記述に現われたすべての特徴(3階建て、扉、窓)は、家屋の建築のそれである。
(Meredith G. Kline, Kingdom Prologue, 3 vols. (by the author, 1983) 2:105.)

つまり、宇宙も、幕屋や神殿も、霊界における神の家を象徴する型であり、箱舟も同じように、それを象徴しているというのである。(*)

クラインは、「箱舟の3階構造(創世記6・16)は、それぞれ天、地、地下の水を表す」と述べている。

聖書の他の記述から考えると(創世記6・7、20、7・8、14、21、23、8・17、19、9・2)、1階には「這うもの」、2階には野獣・家畜、3階には鳥が入っていたのではないかと考えられる。

http://www.millnm.net/...

さらに彼は次のように言う。


箱舟の窓は、この物語で触れられている「天の窓」(7・11、8・2)の対照物である。適切にも、窓は、(天を表す)最上階の一部として、箱舟の最上部にある。

このことから当然のこととして、読者は、箱舟の扉と、海の深みを閉ざしてその誇り高ぶる波を抑える扉とを比較するように導かれる。(この宇宙論的象徴についてはヨブ38・8-11を参照せよ。)
(同上)

神は、ノアに箱舟の寸法を事細かく指示した。これは、世界の模型である幕屋の場合と同じである。

つまり、幕屋と同様、箱舟も、世界の再創造を象徴しており、神の御手によって作られる新世界を表している。


(W)
さて、箱舟が新世界の型であるとするならば、我々は、この3階構造から、我々が住む世界の構造を知ることができる。

我々は、箱舟の2階に住む住民である。1階にはミミズなど這うものがおり、3階には鳥がいる。

聖書において、御使いに羽が生えていると考えられるのは、御使いの住む場所が天だからである。

イエスが、昇天されたのは、地上から天界に去っていかれたことを象徴している。

ここで、非常に興味深いのは、この3階の構造が幕屋の構造と平行関係にあるということである。なぜならば、幕屋も世界を象徴しているからである。

1階に当たるのは、幕屋の庭である。2階に当たるのは聖所、3階に当たるのは至聖所である。箱舟の外は、異邦人の住む幕屋外の世界――つまり海である。

このように考えると、昇天とは、至聖所に入ることであると分かる。

クリスチャンは、肉体を脱ぎ捨てるときに、至聖所に入るのである。

もちろん、至聖所は、垂れ幕に縫い付けられていたケルビムによって守られていたことから分かるように、エデンの園を表している。

つまり、神と人間が顔と顔を合わせて見、話すことのできる休息の場所である。

それでは、クリスチャンは今、至聖所には入れないのか?キリストが十字架についたときに、神殿の垂れ幕は切って落とされたとかかれているではないか?という疑問が起きるだろう。

クリスチャンは、礼拝や祈りにおいて、至聖所に入るのである。

いや、キリストにあるときに、クリスチャンは常に至聖所に入っているのである。

なぜならば、キリストは、「疲れている人は、私のところに来なさい。私が休ませてあげます。」といわれたのだから。

ということは、クリスチャンが死後に至聖所に入るとはどういう意味か?

それは、この地上においてキリストにある人々は至聖所にいるのであるが、この地上そのものがまだ戦いの場であり、本当の安息の場とは言えないのであるから、この地上における安息とは、「暫定的安息」であるということなのだ。

クリスチャンが死ぬということは、戦いが終わって、もはやサタンとの戦いのない完全な休息の場所、まことの至聖所に入るということを意味しているのである。



(*)
我々は、我々が住むこの宇宙がすべてだと考える傾向があるが、聖書は、「それは実体を映した影である」という。

実体はあくまでも霊的な世界である。物質世界は、この霊的世界の型である。

たしかに、我々が目の前に見るビルや建物、橋、道路、テレビ、コンピュータなどは、思想や世界観の現われである。もし日本人が西洋の科学的世界観に影響されていなければ、このような発達した高度な科学技術文明の結晶を目前に見ることはできないはずである。

悪霊に支配された新興宗教は、その建物やマーク、教祖や信者の姿などにおいて、異様な形を表す。

我々は霊界がどのようなものであるかを肉眼で見ることはできない。しかし、その現象を見ることはできる。

神の象徴は人間である。人間といってもいろいろいるから、本当に神の姿を象徴するのは、イエス・キリストである。そして、イエス・キリストにつながるクリスチャンと、彼らが作り出した文化である。

神が作り出した世界とはどのようなものであるかは、聖書が啓示した型によって理解できる。

宇宙や幕屋や神殿、そして、箱舟の構造を見るときに、我々は、この世界の構造を見ることができる。

 

 

2004年7月24日

 





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