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tomi 2020/10/22(木)12:55

CNPと再建主義の主張とはまったく相容れない

1.

ティム・ラヘイが作った秘密結社CNP(国家政策評議会)と再建主義はまったく関係がない。

http://www.millnm.net/qanda4/TimLaHayeCNP.pdf

ラッシュドゥーニーは設立当初会員であったが、発足するとすぐに会合への出席を停止し、その後会費の支払いもやめた。

ラッシュドゥーニーが、福音派の牧師にして、小説 『レフトビハインド』の共著者であるティム・ラヘイが共同設立した右派の秘密組織である国家政策評議会 (CNP) のオリジナル・メンバーであったことは広く報道されているが、ラッシュドゥーニーが、1980年代後半にそのグループとの関係を断ったことはあまり知られていない。ラッシュドゥーニーは、CNPが発足するやいなや、その会合に参加することをやめ、1980年代後半に会費の支払いをやめた。
https://www.politicalresearch.org/2007/09/01/libertarian-theocrats

CNPは、現在、アメリカを動かす保守組織となっている。

ほとんどのアメリカ人は、CNP(国家政策評議会)のことを聞いたことがないだろう。自ら政治中毒者であると認める人でも同様だろう。たとえ聞いたことがあるという人でも、(リベラル派のCNP(国家政策センター)などの)類似した無数の、平凡な名前のグループと誤解しているだろう。

しかし、保守派の活動家なら知っているはずだ。ドナルド・ラムズフェルド国防長官はこの組織を「20世紀にアメリカを強く繁栄させた偉大な保守運動の中心であり、21世紀においても、アメリカが自由で安全な国であり続けるために役立っている」と称した。

かつてインディアナ州の共和党知事を務め、現在は副大統領候補であるマイク・ペンスは「アメリカで最も影響力のある保守派の団体」と呼んだ。

しかし、CNPは、秘密主義の維持に大きな成功を収めてきたため、保守的な政治団体、政治資金調達、保守的なメディア、さらには共和党全国委員会に対してですら、その影響力の浸透をうまく覆い隠してきた。

・・・

ドナルド・トランプは、スティーブン・K・バノンとケリアン・コンウェイを、伸び悩んでいる大統領選の責任者に任命した。

・・・バノンとコンウェイの両方とも、アメリカで最も強力で影響力のある統治主義の組織「国家政策評議会」のメンバーに名を連ねている。

ティム・ラヘイは、プレ・ミレであり、携挙が未来に起きると考えているので、再建主義の主張とまったく相容れない。

この保守派の組織は、当初からイルミナティ(CFR)と密接に関わりを持っており、本部もバージニア州のフェアファックスにあるなど、CIAとの関連を疑われる。

ティム・ラヘイは統一協会から金をもらったとの疑惑が広く信じられている。

2.

保守運動について知らなければならないのは、イルミナティは「両極」を作るということである。

イルミナティは左翼運動であるが、社会の中に保守派の人々を受け入れる受け皿を自分たちであらかじめ用意する。

保守派の人々が知らずに入って活動し、左翼とチャンバラをやっている間に、イルミナティは、その受け皿に収まらなかった人々を「マージナライズ」する。

つまり、「奇人変人」扱いして、社会から抹殺する。

自分たちが用意した「両極」を管理することによって「あたかも社会対立が起きているかのごとき状況を人為的に作り出す」。

モリカケみたいなくだらない問題を延々とやらせて、その背後で、イルミナティがやりたかった本当の改革をやる。

3.

CNPはそのような団体である。イルミナティの「目くらまし」である。

クリスチャンが、トランプの勝利に満足していはならない理由は、「彼は、茶番劇のために担ぎ上げられた役者」ではないのか、という疑惑があるから。

イヴァンカの夫クシュナーはガリガリのタルムードユダヤ人である。

トランプとシャバド・ルバビッチ派との関係についてはすでに述べた。
http://www.millnm.net/qanda4/712utT2RGjY79671.htm

tomi 2020/10/21(水)22:52

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である8

あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現われるのを見て驚きます。
ここに知恵の心があります。七つの頭とは、この女がすわっている七つの山で、七人の王たちのことです。
五人はすでに倒れたが、ひとりは今おり、ほかのひとりは、まだ来ていません。しかし彼が来れば、しばらくの間とどまるはずです。
また、昔いたが今はいない獣について言えば、彼は八番目でもありますが、先の七人のうちのひとりです。そして彼はついには滅びます。
あなたが見た十本の角は、十人の王たちで、彼らは、まだ国を受けてはいませんが、獣とともに、一時だけ王の権威を受けます。
この者どもは心を一つにしており、自分たちの力と権威とをその獣に与えます。
この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」(黙示録17・8-14)

この獣はローマ帝国であると同時にローマ皇帝でもあることは、多くの学者が認めている。

一般に、獣の解釈で問題になるのは、獣の「二重性」です。黙示録において獣のイメージは「一般的」と「特殊的」の二つからなっていると、ほとんどの注解者は認めています。つまり、獣は、あるときは「王国」として描かれ(17:9ー11)、あるときは「その王国の一人の指導者」(13:18)として描かれているのです。
http://www.path.ne.jp/~millnm/no42.html

「七つの頭とは、この女がすわっている七つの山で、七人の王たちのことです」

「7つの山」という表現は、当時普遍的にローマを指した(スエトニウス、プルタルコスはローマの祭りを Septimontium [つまり、七つの山の町の祝宴]と呼んだ。ヴェスパシアヌスのにおいてローマは「七つの山に座る女」として描かれている。テルトリアヌスやヒエロニムスなどのクリスチャン著者たちもローマを七つの山の町と述べている)。

つまり、獣は「一般的」な意味においてローマ帝国を示すと考えることができます。

しかし、それは「七人の王たち」でもある。つまり、「特殊的」な意味においてローマ皇帝である。

「五人はすでに倒れたが、ひとりは今おり、ほかのひとりは、まだ来ていません。しかし彼が来れば、しばらくの間とどまるはずです。」

再度、歴代のローマ皇帝を示す。

1.ユリウス・カエサル(紀元前49ー44年)
2.アウグストゥス・カエサル(紀元前31ー紀元14年)
3.テベリウス・カエサル(紀元14ー37年)
4.ガイウス・カエサル(カリギュラ)(紀元37ー41年)
5.クラウディウス・カエサル(紀元41ー54年)
6.ネロ・カエサル(紀元54ー68年)
7.ガルバ・カエサル(紀元68年ー69年)

「五人はすでに倒れたが」つまり、ユリウスからクラウディウスまではすでに倒れた。

「ひとりは今おり」つまり、ヨハネが黙示録を執筆しているときの皇帝はネロであった。

「ほかのひとりは、まだ来ていません」つまり、残ったガルバはまだ来ていなかった。

「しかし彼が来れば、しばらくの間とどまるはずです」つまり、ガルバの支配期間は短いはずだ。

事実、彼がローマ皇帝だったのは、紀元68年6月から69年1月15日までのたった7カ月だった。

「また、昔いたが今はいない獣について言えば、彼は八番目でもありますが、先の七人のうちのひとりです。そして彼はついには滅びます」

「昔いたが今はいない獣」とは、「昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます」とも表現されている。

これは「未来に復活する過去にいた皇帝」である。これはネロである。

ネロは昔いたが、一度死んで後に復活するはずである。

どのようにして?ティトゥスによって。

「彼は八番目でもありますが、先の七人のうちのひとりです」

8〜11番目の皇帝は、

8.オト・カエサル(紀元69年)
9.ウィテッリウス(紀元69年)
10.ウェスパシアヌス(紀元69年ー79)
11.ティトゥス(紀元79年ー81)
12.ドミティアヌス(紀元81年ー96)

7〜9の3人は在位期間が短く、ヴェスパシアヌスによって暗殺されたと言われている。

彼らを除外すると、8番目の皇帝はティトゥスになる。

「先の七人のうちのひとりです」

ティトゥスは、7人の皇帝の一人である。つまり、「蘇ったネロ」として。

「そして彼はついには滅びます。」

帝位について2年で死亡。

「あなたが見た十本の角は、十人の王たちで、彼らは、まだ国を受けてはいませんが、獣とともに、一時だけ王の権威を受けます。
この者どもは心を一つにしており、自分たちの力と権威とをその獣に与えます」

聖書において10という数字は「全体性」を意味する。
https://en.wikipedia.org/wiki/Biblical_numerology#10

10本の角は、獣が(全権力)を有することを示している。

この権力とは何か。「まだ国を受けてはいません」つまり、独立国ではない。

「獣とともに、一時だけ王の権威を受けます」つまり、ローマ皇帝とともに一時的に最高権威を与えられ、小羊と戦う。

この十本の角は、ローマの多数の属州の長である。

ダニエル書では、ローマ帝国はその末期に、十本の足の指があり、その一部は粘土、一部は鉄であったと言われている。

あなたがご覧になった足と足の指は、その一部が陶器師の粘土、一部が鉄でしたが、それは分裂した国のことです。その国には鉄の強さがあるでしょうが、あなたがご覧になったように、その鉄はどろどろの粘土と混じり合っているのです。
その足の指が一部は鉄、一部は粘土であったように、その国は一部は強く、一部はもろいでしょう。(ダニエル2・41-42)

属州はそれぞれ力に差があった。

「国は一部は強く、一部はもろ」かった。

しかし、神とキリストに対してはローマ帝国として一致団結して戦った。

「この者どもは心を一つにしており、自分たちの力と権威とをその獣に与えます」

この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。

ローマ皇帝と属州の王たちは、ローマ帝国という一致した組織として、イエス・キリストと戦った。

しかし、彼らはイエス・キリストに負けた。

なぜならば、

1.小羊は主の主、王の王だから
2.彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だから

1.サタンが天から追い出された今、イエス・キリストだけが天における支配者である。彼は神の右に座っている。

地上における「あらゆる主」の主は、イエス・キリストであり、地上における「あらゆる王」の王は、イエス・キリストである。

2.イエス・キリストとともに天に座っているクリスチャンたちは、「召された者、選ばれた者、忠実な者」である。

自分が立てた計画ならば、完遂できないかもしれない。

しかし、神が立てた計画は、必ず成就し、そのために召された者、選ばれた者、忠実な者には、必ず勝利と報いが与えられる。

もし自分の人生を「最高の人生」にしたいならば、神にすべてを委ねて、召された者、選ばれた者、忠実な者になることである。

自分でガツガツ利益を求める人生は、ほとんど失敗し、無駄になる。

しかし、神に委ねる人生には無駄がない。なぜならば、神がすべてを働かせて利益としてくださるからである。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ8・28)

tomi 2020/10/20(火)10:46

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である7

「それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。」

聖書において「荒野」は、試練と罪と悪霊を象徴する場所である(マタイ12・43、ルカ8・27)。

そこには荒野の獣が伏し、そこの家々にはみみずくが満ち、そこにはだちょうが住み、野やぎがそこにとびはねる。(イザヤ13・21)

ここで「野やぎ」と訳されているヘブル語「サイール」は「悪霊」をも意味する。
https://biblehub.com/hebrew/8163.htm

「緋」は「罪」「虚飾」を象徴する。

「さあ、来たれ。論じ合おう」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。
(イザヤ1・18)

踏みにじられた女よ。あなたが緋の衣をまとい、金の飾りで身を飾りたてても、それが何の役に立とう。目を塗って大きく見せても、美しく見せても、かいがない。恋人たちは、あなたをうとみ、あなたのいのちを取ろうとしている。(エレミヤ4・30)

「その獣は神をけがす名で満ちており」

ローマ帝国は、「神への冒涜」に溢れていた。
「神をけがす名で満ち」という表現は、御座において神に仕え、賛美する「四つの生き物」が「その回りも内側も目で満ちていた」のと対照的である。

第一の生き物は、獅子のようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空飛ぶ鷲のようであった。
この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その回りも内側も目で満ちていた。彼らは、昼も夜も絶え間なく叫び続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、今いまし、後に来られる方。」(黙示録4・8)

ここで、「四」は地の「四方」を象徴し、「目」は「監視」を象徴する。つまり、この生き物は「全地を見渡し、常に監視する摂理の神」を表す。(*)

「七つの頭と十本の角を持っていた」

すでに述べたように、この表現は、獣がローマ帝国であることを示す。

「この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた」

当時のイスラエルの状態「罪と虚飾と姦淫に満ちた状態」を象徴する。

「その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。」

当時のエルサレムは「すべての淫婦」と「地の憎むべきもの」を生み出す偶像礼拝の都「大バビロン」であった。

現在、3S政策やポリティカル・コレクトネスを通じて、世界中がタルムードユダヤ人の「異邦人堕落化政策」によって汚染されている。彼らは、異邦人を堕落させて力を奪い、彼らの世界政府を実現しようとしている。

私は、千年王国後、底知れぬところから復活したサタンが、タルムードユダヤ人を通じて黙示録を再現し、最後の反逆を試みていると考える。

底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。(黙示録20・3)

「そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た」

エルサレムでは多くのクリスチャンが迫害された。その背後には、神に対抗し、主権を奪おうとする竜がいた。

サタンに憑依された迫害者にとって、クリスチャンを殺害することは「飲酒の快楽」である。

自分に訪れるはずの「滅び」という運命の恐怖を和らげ、一時的な快楽を与えてくれる。

(*)
チルトンは、この「生き物」に関し、マイケル・ウィルコックの注解を引用しているが非常に有益なのでご紹介する。

「自然は、神のたゆまざる活動に呼応して脈打つ巨大な建築物である。この事実を思い起こす限り、われわれは、これらのケルビムである生き物を 『自然』 と呼ぶことができるかもしれない。・・・おそらく、彼らの顔(4・7、エゼ1・10)は、神の威厳と力、知恵、高潔を象徴し、その無数の目は、被造物のあらゆる部分に対する神の絶え間ない監視の目を象徴しているのだろう。そして、羅針盤の方位と地球の角々に対応し、彼らは四ついて、神の世界を象徴するとみなすのが妥当である。それは、24人の長老たちが教会を代表するのと同じである。」20(Days of Vengeance, p.156)

tomi 2020/10/18(日)12:27

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である6

かつて神の国の都であったが堕落したエルサレムへの裁きは、黙示録の中心的なテーマであり、神の裁きの主要な対象である。

また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。
地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」
それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。
この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。
その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」という名であった。
そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。
すると、御使いは私にこう言った。「なぜ驚くのですか。私は、あなたに、この女の秘義と、この女を乗せた、七つの頭と十本の角とを持つ獣の秘義とを話してあげましょう。(黙示録17・1-7)

「大水の上にすわっている大淫婦へのさばき」

ここで「大水」とは原語では「多くの水々」であり、「もろもろの民族、群衆、国民、国語」を意味する。

「御使いはまた私に言った。「あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。 」(17・15)

異邦人は、しっかりとした精神的土台を持たない。
いつも揺れ動き、定まらないので「水」である。

「大淫婦」(イスラエル)は「獣」(ローマ帝国)に乗り、「大水」(もろもろの民族)の上にいた。

この構造は、今の世界も同じである。
アメリカやソ連、中国のように、力はあるが頭のない大国の背後には、彼らを操縦するユダヤ人がいる。
ユダヤ人は大国を操り、中小の国々をその影響下においている。

アメリカを支配している外交問題評議会(CFR)はほとんどユダヤ人が運営している。連邦準備銀行(FRB)も同じである。
それゆえ、実質的にアメリカはイギリスのシティの支配下にある。
朝鮮戦争において米軍は、イギリスのお伺いを立てずに行動できなかった。
スターリンはルーズベルトの息子に「あなたの父親はチャーチルのギャング(MI6)に殺された。私も狙われている」と言った。チャーチルは、ロスチャイルドの番頭であった。

ユダヤ人は、世界の人々の思想を支配し、自分たちの考えに変えてきた。

"われわれがダーウィン、マルクス主義、ニーチェ主義のために用意した成功について慎重に考えてみたまえ。
とにもかくにも、われわれユダヤ人は、これらの指令がゴイム(異邦人)の精神にいかに破壊的な影響を及ぼしてきたかを明確に理解すべきである。"(シオン議定書2-3)

今日でも、世界は「大バビロン」に支配されている。

「地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」

神の妻であるはずのイスラエルは姦淫を犯していた。

イスラエルよ。国々の民のように喜び楽しむな。あなたは自分の神にそむいて姦淫をし、すべての麦打ち場で受ける姦淫の報酬を愛したからだ。(ホセア9・1)

ここで、ホセアでは、姦淫の場所を「麦打ち場」、つまり、脱穀場と示している。

女は、収穫時期に脱穀場で売春をしていた。チルトンによると、脱穀場には2つの意味が隠されているという。

第一に、イスラエルは、神に背いてバアル崇拝に走り、(あらゆる領域での豊穣と恵みは、唯一の真の神からしか得られないということを忘れて、)偽りの神々から収穫の祝福と豊饒を求めた。第二に、神殿は脱穀場(2歴代3・1)の上に建てられた。これは、神の御業を象徴している。神は歴史を通じて「聖い麦ともみ殻を分離」される(ヨブ21・18、詩篇1・4、35・5、イザヤ17・13、ルカ 3・17)。脱穀場は、結婚関係を象徴している。脱穀場でボアズとルースが結ばれた(ルツ3)。臼で挽く動作は、聖書において性的関係を象徴する(ヨブ31・10、イザヤ47・2、エレミヤ25・10)。かくして、花嫁は、脱穀場での礼拝によって神との結婚を完成させるのではなく、むしろ、他のすべての脱穀場に入って売春をし、見知らぬ神々や異国人の祭壇の前にひれ伏した。(Days of Vengeance, p.426)

紀元1世紀のイスラエルも同じように姦淫をしていた。
相手はローマ皇帝である。

彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」(ヨハネ19・15)

「地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」

異邦人の王たちは、イスラエルの霊的な影響を受けていた。そのため、その国の人々も霊的に姦淫を犯し、酩酊状態に陥っていた。そのため、真のメシアが現れたことに気づかず、彼を十字架につけることに賛成した。

tomi 2020/10/17(土)16:48

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である5

また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。
彼らはしるしを行なう悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。
――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――
こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた(黙示録16・13-16)

「竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口」つまり、悪魔の三位一体の各ペルソナの口から、三つの蛙のような汚れた霊どもが出た。

彼らは「彼らはしるしを行なう悪霊どもの霊」である。つまり、あたかも自分は神から出た者であるかのように「しるし」としての奇跡を行い、欺く霊である。

「彼らは全世界の王たちのところに出て行」き、奇跡を行って彼らを騙す。

騙された王たちは、おのおの正義のための戦争をすると考え「万物の支配者である神の大いなる日の戦い」に備え、ハルマゲドンに集まる。

この箇所は、第一世紀に「全世界の支配者たちが神とキリストに逆らい、戦う状態にあった」ということを示している。

堕落していたのはイスラエルだけではなく、全世界の権力者も堕落し、その堕落が極限に達していたのである。

しかし、彼らはキリストと戦って負ける。

また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。(黙示録19・19-21)

彼らは「馬に乗った方の口から出る剣」によって殺された。

キリストの口からは「御言葉という剣」が出ている。

また、右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のようであった。・・・
だから、悔い改めなさい。もしそうしないなら、わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう。・・・
この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。(黙示録1・16、2・16、19・15)

「神の言葉」は、あらゆるものを突き刺し、切り裂く、万能の剣である。
なぜならば、それは「神のご意志」だからである。
神が決定されたことは、必ず実現する。

よく「聖書が本当かチェックしよう」という人がいるが、聖書そのものが基準なのでチェックしようがないのである。
1メートルの原器が本当に1メートルか調べる人がいるだろうか。
その原器が、1メートルの基準なのである。
それに基づいてすべてのものが測られるのであるから、それをチェックすることに意味はない。

神の言葉は、基準であるから、被造物は神が言われたことに対して「はい。信じます」としか言ってはならない。

万物は、この御言葉によって測られるので、それに逆らうことのできる者はいない。
神の言葉を信じて、それに従えば命が、逆らえば滅びるしかない。

残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

キリストは再臨され、旧約世界のすべての権力、権威を滅ぼされた。

それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。(1コリント15・24)

再臨において、旧約世界は裁かれ、その幕は閉じた。

これが黙示録における「終末」である。つまり、「旧約世界の終末」である。
それゆえ、新約世界においてキリストに逆らうことのできる勢力は存在しない。
今、反キリストを演じている様々な勢力は「一時的に権力を許されている」に過ぎない。
彼らには、法的な権限はまったくない。

第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て来て、「事は成就した」と言った。
すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな、強い地震であった。
また、あの大きな都は三つに裂かれ、諸国の民の町々は倒れた。そして、大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。
島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。
また、一タラントほどの大きな雹が、人々の上に天から降って来た。人々は、この雹の災害のため、神にけがしごとを言った。その災害が非常に激しかったからである。(黙示録16・17-21)

「第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て来て、「事は成就した」と言った。」

ついに最後の鉢がぶちまけられ、神からの直接の裁きの終了宣言があった。

神はことを実行される前に「法的宣言」をされる。

法的な事実がまず先にあって、それから実際的な事実が続くパターンは、聖書において一貫している。

「すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震」

この象徴はすでに述べたように、契約の実行に伴うしるしである。

モーセが十戒を授かったときにも同じ現象があった。

すなわち、ここで「これらの神の裁きは契約違反者への刑罰である」というメッセージが保証されている。

「また、あの大きな都は三つに裂かれ、諸国の民の町々は倒れた。そして、大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。」

人々は契約違反を繰り返し、裁き以外に道はなくなった。

大きな都エルサレムは3つに裂かれ、異邦人の町々は倒れた。

エルサレムは、偶像礼拝をし、姦淫を犯したので、「大バビロン」と呼ばれている。

バビロンは偶像礼拝のメッカであった。

「大」という形容詞がついているので、エルサレムでは「ひどい偶像礼拝」が行われていた。

だから、わたしが預言者、知者、律法学者たちを遣わすと、おまえたちはそのうちのある者を殺し、十字架につけ、またある者を会堂でむち打ち、町から町へと迫害して行くのです。
ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。(マタイ23・34, 37)

以降、大淫婦、大バビロンへの裁きが続く。

tomi 2020/10/17(土)00:55

CDCには新型コロナウィルスはない2

CDCは、文書の中で新型コロナウイルス分離株を持っていないことを認めている。

“Since no quantified virus isolates of the 2019-nCoV are currently available, assays [diagnostic tests] designed for detection of the 2019-nCoV RNA were tested with characterized stocks of in vitro transcribed full length RNA…”(“CDC 2019-Novel Coronavirus (2019-nCoV) Real-Time RT-PCR Diagnostic Panel.”. July 13, 2020, p.39)

「2019-nCoVの定量化されたウイルス分離株を利用することは現在まったくできないので、 2019-nCoV RNAの検出のために設計されたアッセイ[診断検査]は、in vitroで転写された全長RNAの特性化されたストックでテストされた・・・」

「2019-nCoVの定量化されたウイルス分離株を利用することは現在まったくできない」

ウィルス本体がなく、代替物でテストを行い、それに基づいて自粛やロックダウンを勧めるとか、あまりにもヤクザである。

tomi 2020/10/17(土)00:07

存在の確認もできていないウィルスのワクチンを接種してよいのか

”もう一つの疑問は、もしウイルスが存在せず、単離されたこともないし、存在が証明されたこともないとしたら、COVIDワクチンには何を入れているのだろうか。これに答えるには、法執行機関は多くの施設を強制捜査し、材料を押収し、COVIDワクチンに実際に何が含まれているかを調べる誠実な科学者を探し出す必要がある。それを待っている間に、・・・太陽が光を放つのを止めるかもしれない。それでもあなたは腕に注射されることを望むだろうか。
Another question that arises: if the virus is missing and has never been isolated, has never been proved to exist, what are they putting in the COVID vaccine? That’s a question that should be answered by law-enforcement agencies raiding many facilities and seizing materials and finding honest scientists who will discover what is really in the COVID vaccine brews. Waiting for that to happen…the sun could go dark first. In the meantime, do you want to take the shot in the arm?”(同上)

単離されておらず、それゆえ存在の証明がなされていないウィルスに対して、業者はどのようにしてワクチンを作るのだろうか。

有効を確認するには、実験が必要だと思うが、単離されていないウィルスを培養して増やすことは不可能である。

では、どうやって実験するのだろうか。

そして、その中に何が入っているのだろうか。

武田邦彦氏曰く「子宮頸がんワクチンは、副作用が大きく、害のほうが多い。厚労省は大失敗した。」
ttps://www.youtube.com/watch?v=iJ1X4M06TrM

ワクチンは一種の毒である。

ワクチンによる治療は、毒によって毒を制する方法である。

少量の毒を接種して抗体を作るのが目的だから。

実験もしていないわけのわからないワクチンを接種することは、はたしてよいことなのだろうか。

子宮頸がんワクチンについては、事前にネット上でさかんに警戒がなされていた。

被害に遭った女性の親たちは、その情報を入手していなかった可能性がある。

新型コロナワクチンについては、政府は絶対に接種を促してはならない。

tomi 2020/10/16(金)22:38

世界がこのまま悪魔の策略によって滅ぼされるのを黙って見ていてよいだろうか

整備士が「今まで見たこともない車のフェンダーの破片が手元にある」と言うとしよう。そして「車が存在することは分かっている」と言い張る。しかし、車を見せることはできない。あなたは、この整備士の話を信じるだろうか。あなたは、家族や友人の命を救うためにこの整備士が「利用できない」と認めている車に投資しようと思うだろうか。投資して破産し、家に座ってマスクをして他人との距離を保ち、事業を閉鎖して破産を宣言するつもりなのか。あなたはそれに同意するのか。
If a mechanic says he has a piece of a fender from a car that has never been seen before; if he claims he knows the car exists; but he can’t show you the car; are you going to buy his story? Are you going to invest your life-savings and life-savings of your family and friends in this car he admits is “unavailable?” Are you going to invest and go broke and sit in your home and wear a mask and keep your distance from other people and close your business and declare bankruptcy? Are you going to consent to that?(同上)

今、全世界がCDCの嘘に騙されている。

単離されておらず、存在確認がなされていない「新型コロナウィルス」なるものによって振り回されている。

主はモーセに仰せられた。「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみにさわれるほどにせよ。」
モーセが天に向けて手を差し伸ばしたとき、エジプト全土は三日間真っ暗やみとなった。
三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。(出エジプト記10・21-23)

エジプト人は、契約外の人々を象徴している。

彼らは闇に包まれた。

しかし、「イスラエル人の住む所には光があ」る。

クリスチャンには、光があるはずである。

どこに行っても、みんなマスクをし、どの店に入ってもカウンターにビニールシートがかけられている。

闇の中にいるからである。

彼らは、騙され、操作されていることに気づいていない。

このまま闇の中で、邪悪な人々に手引きされ、滅亡に追いやられようとしている。

クリスチャンは「世の光」である。

われわれには、暗闇の中で光を示す必要がある。

世界がこのまま悪魔の策略によって滅ぼされるのを黙って見ていてよいだろうか。

tomi 2020/10/16(金)15:38

CDCには新型コロナウィルスはない

ジョン・ラッポポートの記事”COVID: The Virus That Isn’t There: The Root Fraud Exposed(新型コロナウィルス=存在しないウイルス:根本的な不正行為が明らかに)”より:
https://www.lewrockwell.com/2020/10/jon-rappoport/covid-the-virus-that-isnt-there-the-root-fraud-exposed/

これは昨日の記事のフォローアップである。その記事の中で、私は、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)がCOVIDコロナウイルスを保有していないことを暴露した。なぜならばそれは「利用できない」から。これは、彼らの言葉であって、私のではない。

CDCは、ウイルスが単離されていないことを認めている。言い換えれば、その存在は証明されていない。”

これはNASAが、まだ存在が確認されていない惑星に、全世界の人々が乗り込むための宇宙船団を導くガイドブックを発行するようなものである。

CDC曰く「ここに、人間の体内からウイルスを検出する方法がある。ここに、われわれが信頼しているテストがある。これに基づいてわれわれは、すべての症例数を確認し、ロックダウンを要求する。われわれの手元にないのは、ウィルスだけだ。

なぜ彼らの手元にはウィルスがないのか。

なぜならば、単離できないから。これは火を見るより明らかである。

This is a follow-up to yesterday’s article, in which I exposed the fact that the CDC does not have the COVID coronavirus in its possession, because it is “unavailable.” Their word, not mine.
The CDC is admitting the virus hasn’t been isolated. In other words, its existence is unproven.
This would be on the order of NASA issuing a guide for navigating a fleet of ships to a planet whose existence has not been established—and the population of the whole world is going to board those ships for the voyage. The CDC is saying: here is how you detect the virus in a human, here is the test on which we’re going to rely, here is the test on the basis of which we’re going to identify all case numbers and demand all lockdowns—except we don’t have the virus.
Why don’t they have it?
Because they can’t isolate it. That’s obvious.

ウィルスの遺伝子構造を解明するには、単離しなければならない。すなわち、「新型コロナウィルス」という特定のウィルスを、他の無数に存在するウィルスの中から取りだして、それを実験にかけ、新型コロナの症状が出れば、それとして特定できる。

しかし、そのような通常の手順の基礎となる「単離」の作業を行っていない。

それゆえ、CDCは、新型コロナウィルスを入手していない。

他のウィルスと区別できる独特なウィルスである新型コロナウィルスを、彼らは手に入れていない。

それで、どうやってPCRにかけて特定できるのだろうか。

どうやって陽性・陰性の判断をするのだろうか。

全部、でたらめである。

奴らは、ただ世間を騒がせたいのである。

自分たちの意図する方向へ社会を持って行くために、ありもしないウィルスを作り出して、社会に恐怖を与えている。

だから、私はマスクをしない。

強制される場以外では、一切しない。

これまでもしてこなかったし、今後もしない。

マスクをし、ソーシャルディスタンスを保つことによって、日本の破壊に手を貸したくない。

tomi 2020/10/16(金)01:04

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である4

また私は、天にもう一つの巨大な驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りはここに窮まるのである。
私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々が、神の立琴を手にして、このガラスの海のほとりに立っていた。
彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。
主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」(黙示録15・1-4)

「また私は、天にもう一つの巨大な驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りはここに窮まるのである。」

いよいよ、神の報復がクライマックスを迎える。

「私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々が、神の立琴を手にして、このガラスの海のほとりに立っていた。」

3年半の激しい迫害をくぐり抜けて勝利した人々が、ガラスの海のほとりに立って賛美している。

イスラエル人が海の中に入ることは、「異邦人の中で迫害されること」を意味する。

しかし、この海はガラスでできており、それゆえもはやその中に引き込まれることはない。

その後、また私は見た。天にある、あかしの幕屋の聖所が開いた。
そしてその聖所から、七つの災害を携えた七人の御使いが出て来た。彼らは、きよい光り輝く亜麻布を着て、胸には金の帯を締めていた。
また、四つの生き物の一つが、永遠に生きておられる神の御怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使いに渡した。
聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、入ることができなかった。(黙示録15・5-8)

「神ご自身の裁き」が始まった。そして、これは、最後の裁きである。
「聖所」は、神がおられる場所であり、そこから「七つの災害を携えた七人の御使いが出て来た」。
彼らは「神の御怒りの満ちた七つの金の鉢」を与えられた。この鉢は、神の直接の刑罰を象徴する。
神は契約違反を放置されない。放置すれば、ご自身が契約違反者となる。悔い改める者は、イエス・キリストのゆえに赦されるが、悔い改めない者は自分自身でその刑罰を受けなければならない。

「聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、入ることができなかった。」

神がことを行われるとき、誰も邪魔することはできない。天網恢々疎にして漏らさず。人間は、自分が蒔いた種を細部に至るまで徹底的に刈り取らねばならない。

また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」
そこで、第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた。
第二の御使いが鉢を海にぶちまけた。すると、海は死者の血のような血になった。海の中のいのちのあるものは、みな死んだ。
第三の御使いが鉢を川と水の源とにぶちまけた。すると、それらは血になった。
また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「今いまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。
彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」
第四の御使いが鉢を太陽に向けてぶちまけた。すると、太陽は火で人々を焼くことを許された。
こうして、人々は激しい炎熱によって焼かれた。しかも、彼らは、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名に対してけがしごとを言い、悔い改めて神をあがめることをしなかった。(黙示録16・1-9)

裁きの内容は次のとおり:

1.獣を礼拝した者への報い:偽の神ネロを信じる者への報い
「悪性のはれもの」は、偶像を礼拝し、イスラエルを迫害したエジプトに下った神の裁きである。

主はモーセとアロンに仰せられた。「あなたがたは、かまどのすすを両手いっぱいに取れ。モーセはパロの前で、それを天に向けてまき散らせ。 それがエジプト全土にわたって、細かいほこりとなると、エジプト全土の人と獣につき、うみの出る腫物となる。」(出エジプト記9・8-9)

2.海の水が血に変わることによるいのちのあるものの死
水が血に変わることによる裁きはエジプト人に下った。

主はこう仰せられます。『あなたは、次のことによって、わたしが主であることを知るようになる。』ご覧ください。私は手に持っている杖でナイルの水を打ちます。水は血に変わり、ナイルの魚は死に、ナイルは臭くなり、エジプト人はナイルの水をもう飲むことを忌みきらうようになります。」(出エジプト記7・17-18)

3.川と水の源の水が血に変わることよる汚染:クリスチャンの血を流した者への報い
これも水が血に変わる裁きである。
迫害者は血を流したので、血によって苦しむ。

4.太陽の激しい炎熱による焼死:
契約遵守者には、太陽は害を与えない。

主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。
昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。
主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。(詩篇121・5-7)

このような刑罰を受けても、彼らは悔い改めることをしなかったので、災害はさらに続く。

第五の御使いが鉢を獣の座にぶちまけた。すると、獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。
そして、その苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行ないを悔い改めようとしなかった。
第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。

5.獣の国が暗くなる
神は、エジプトへの刑罰として、エジプト全土を暗闇にされた。

主はモーセに仰せられた。「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみにさわれるほどにせよ。」
モーセが天に向けて手を差し伸ばしたとき、エジプト全土は三日間真っ暗やみとなった。
三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。(出エジプト記10・21-23)

神はエジプトへの裁きとして太陽を暗くされたが、イスラエルの所だけは光があった。
契約違反者となったイスラエルには、太陽の光という祝福が呪いに変わった。

6.外国軍の侵略
境界侵犯は、神の裁きの一つである。エジプトへの刑罰として、神はかえるを異常繁殖させ、家の中に侵入させられた。

もし、あなたが行かせることを拒むなら、見よ、わたしは、あなたの全領土を、かえるをもって、打つ。
かえるがナイルに群がり、上って来て、あなたの家に入る。あなたの寝室に、あなたの寝台に、あなたの家臣の家に、あなたの民の中に、あなたのかまどに、あなたのこね鉢に、入る。
こうしてかえるは、あなたとあなたの民とあなたのすべての家臣の上に、はい上がる。』」(出エジプト記8・2-4)

ユーフラテス河は、イスラエルの北の境界であった。この水が涸れることは、外国軍の侵略を容易にする。
「ユーフラテス河は、イスラエルと恐ろしい異教の軍隊を隔てる境界線であった。神はこれらの軍隊を、反逆的なご自身の民を懲らしめるための鞭として利用された」(Days of Vengeance, p.250)
9章14-16節においてユーフラテス河のほとりに拘束されている御使いが解放され、二億の侵略軍が侵入したとある。

その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」
すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。
騎兵の軍勢の数は二億であった。私はその数を聞いた。(黙示録9・14-16)

ここで「人類」と訳されているが原語では「人々」をも意味する言葉が用いられている。

tomi 2020/10/15(木)17:28

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である3

竜は、「海から上って来た獣」の後に「地から上って来た獣」を登場させた。

また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。
この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。
また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。
また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。
それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。
また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。
ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。(黙示録13・11-18)

「地から上って来た獣」は、「海から上って来た獣」の権威を確立する働きをした。

黙示録において「地」はイスラエルを、「海」は異邦人を象徴する。

「海から上って来た獣」は異邦人から現れ、「地から上って来た獣」はイスラエルから現れた。

「小羊のような二本の角」は、「小羊のようではあるが小羊ではない」偽メシアを象徴する。

イエスは、再臨の前兆として「偽メシア」の登場をあげられた。

イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私がそれだ』とか『時は近づいた』とか言います。そんな人々のあとについて行ってはなりません。(ルカ21・8)

メシアは同時に預言者なので、この「小羊のようではあるが小羊ではない」者は偽預言者でもある。

にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。(マタイ7・15)

彼は、ローマ帝国やローマ皇帝の権威を笠に着て、偶像礼拝を行わせる。

この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。

偽メシアとして奇跡を行った。

また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。

偽メシアとして政治的な権力を発揮する。ローマ皇帝ネロの刻印666を押されていない人々に商業活動を禁止した。

また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。
ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。

ここにおいて、「偽神」である竜(サタン)、「偽王」であるローマ皇帝、「偽メシア・偽預言者」である反キリストのイスラエル人が登場し、悪魔の三位一体があらわになった。

しかし、ちなみに、サタンはすでに天から追い出されており、世界への支配権を法的に失っているので、実際的には一時的に(四十二か月=三年半)権力を得るがいずれキリストに打ち負かされる。

この悪魔の支配のもとでも、信仰を保ち続ける人々が描かれている。

また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。
私は天からの声を聞いた。大水の音のようで、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあった。
彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。
彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。
彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。(黙示録14・1-5)

続いて、3人の御使いが、迫害の中にいる人々への励ましを行う。

また私は、もうひとりの御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、地上に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。
彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。神のさばきの時が来たからである。天と地と海と水の源を創造した方を拝め。」

また、第二の、別の御使いが続いてやって来て、言った。「大バビロンは倒れた。倒れた。激しい御怒りを引き起こすその不品行のぶどう酒を、すべての国々の民に飲ませた者。」

また、第三の、別の御使いも、彼らに続いてやって来て、大声で言った。「もし、だれでも、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、
そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。
そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。
神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はここにある。」(黙示録14・6-12)

その内容は次のとおり:

1.裁きの時がきた。
2.大バビロンは倒れた。
3.獣とその像を拝み、刻印を受けた者は永遠の刑罰にあう。

次に、イエス・キリストが再臨される。

また、私は見た。見よ。白い雲が起こり、その雲に人の子のような方が乗っておられた。頭には金の冠をかぶり、手には鋭いかまを持っておられた。
すると、もうひとりの御使いが聖所から出て来て、雲に乗っておられる方に向かって大声で叫んだ。「かまを入れて刈り取ってください。地の穀物は実ったので、取り入れる時が来ましたから。」
そこで、雲に乗っておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた。
また、もうひとりの御使いが、天の聖所から出て来たが、この御使いも、鋭いかまを持っていた。
すると、火を支配する権威を持ったもうひとりの御使いが、祭壇から出て来て、鋭いかまを持つ御使いに大声で叫んで言った。「その鋭いかまを入れ、地のぶどうのふさを刈り集めよ。ぶどうはすでに熟しているのだから。」
そこで御使いは地にかまを入れ、地のぶどうを刈り集めて、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ入れた。
その酒ぶねは都の外で踏まれたが、血は、その酒ぶねから流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。(黙示録14・14-20)

「その雲に人の子のような方が乗っておられた」

これは、再臨を表す。

そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。(ルカ21・27)

そのとき、人々は、人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

そこでイエスは言われた。「わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです。」(マルコ13・26、14・62)

そのとき、人の子のしるしが天に現われます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」(マタイ24・30、26・64)

再臨の目的は「刈り取り」である。

雲に乗っておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた

その結果は、背信者の滅亡である。

そこで御使いは地にかまを入れ、地のぶどうを刈り集めて、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ入れた。
その酒ぶねは都の外で踏まれたが、血は、その酒ぶねから流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。

ヴェスパシアヌスとティトゥスの軍隊によって、イスラエル全土で大虐殺が行われた。

tomi 2020/10/14(水)16:34

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である2

第7のラッパが鳴り、審判の本編が始まる。

それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、
言った。「万物の支配者、今いまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。
諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。(黙示録11・16-19)

24人の長老たちは、イスラエル12部族のそれぞれに割り当てられた証人である。

律法では、裁判では証言者は必ず2人いなければならなかった。

イスラエル12部族は、神の民を象徴する。

神の民を代表する長老たちが、次のことを証言した。

1.新しい天と新しい地、つまり、新約世界において神である主が王となった。
2.御怒りの日、つまり、旧約世界の悪を裁くべきときが来た。
3.神の民には報いが、地を破壊する者には滅亡が訪れる。

「それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。」

これは、これから起きる神の審判が契約に基づくことを示している。

神とイスラエルの間に交わされた契約によれば、服従する者には繁栄を与え、不服従の者には滅亡が定められていた(参考・申命記)。

「また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。」

これは、シナイ山においてモーセが神と契約が結ばれたときに起きた天変地異を想起させる。

三日目の朝になると、山の上に雷といなずまと密雲があり、角笛の音が非常に高く鳴り響いたので、宿営の中の民はみな震え上がった。
モーセは民を、神を迎えるために、宿営から連れ出した。彼らは山のふもとに立った。
シナイ山は全山が煙っていた。それは主が火の中にあって、山の上に降りて来られたからである。その煙は、かまどの煙のように立ち上り、全山が激しく震えた。(出エジプト記19・16-18)

この天変地異は、これから起きる神の裁きは、モーセ契約に基づくものであるということを暗示している。

また、巨大なしるしが天に現われた。ひとりの女が太陽を着て、月を足の下に踏み、頭には十二の星の冠をかぶっていた。
この女は、みごもっていたが、産みの苦しみと痛みのために、叫び声をあげた。
また、別のしるしが天に現われた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。
その尾は、天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた。また、竜は子を産もうとしている女の前に立っていた。彼女が子を産んだとき、その子を食い尽くすためであった。
女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。
女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。(黙示録12・1-6)

「女」は、神の民イスラエルを象徴する。

神の民イスラエルから出たメシアであるイエスは「神のみもと、その御座に引き上げられ」、新天新地における王となられた。

「女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。」

1260日の「養い」は、昇天(紀元30年頃)から約35年間、使徒たちの伝道によって神の民が増え、集団が形成されるためである。

こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。
そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。(黙示録12・9-10)

キリストが王となった反面、それまで世界を騙してきたサタンが天から追い出され、支配権を失った。

新約世界において、サタンにはいかなる法的権威もない。

それゆえ、紀元70年以降、必ずサタンはクリスチャンに敗北するしかない。

また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。
私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。
その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、
そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう」と言った。
この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。
そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。
彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。(黙示録13・1-7)

「十本の角と七つの頭と」を持つ獣は、ローマ帝国である。

ダニエル書でローマ帝国を表す「第四の獣」と類似している。

その後また、私が夜の幻を見ていると、突然、第四の獣が現われた。それは恐ろしく、ものすごく、非常に強くて、大きな鉄のきばを持っており、食らって、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは前に現われたすべての獣と異なり、十本の角を持っていた。
私がその角を注意して見ていると、その間から、もう一本の小さな角が出て来たが、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。よく見ると、この角には、人間の目のような目があり、大きなことを語る口があった。(ダニエル7・7-8)

「その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。」

7つの頭はローマ皇帝7人を示す。

1.ユリウス・カエサル(紀元前49ー44年)
2.アウグストゥス・カエサル(紀元前31ー紀元14年)
3.テベリウス・カエサル(紀元14ー37年)
4.ガイウス・カエサル(カリギュラ)(紀元37ー41年)
5.クラウディウス・カエサル(紀元41ー54年)
6.ネロ・カエサル(紀元54ー68年)
7.ガルバ・カエサル(紀元68年ー69年)

ネロは短剣を喉に刺し「剣の傷」を受けて死んだ後、帝国は混乱の中に放り込まれ、ユリウス・クラウディウスの皇帝の血統が途絶え、帝国の創設者の家系が突然統治権を失った。

スエトニウスが述べるように、「カエサルの種族はネロと共に潰えた」(Galba 1)。帝国に大きな内乱が勃発し、帝国はほとんど崩壊し、「永遠のローマ」は瓦礫の山と化した。ヨセフォスは、この時期に帝国がほとんど「滅亡」しかかったと述べている。

しかし、この後、ヴェスパシアヌスの下でローマ帝国は奇跡的な復活を遂げた。

「・・・3人の皇帝の虐殺の後に帝国は長い間安定を失い、いわば、漂流状態にあったのだが、ついに、・・・フラヴィアン家の手によって再び安定を獲得したのであった」(Suetonius, Vespasian 1)。

ヨセフォスは「ローマ人の国家的問題が予期せぬ方法で解決され、破滅を免れるや否や、・・・」(Wars 4:11:5)と述べている。

ジェームス・モファットは次のように言った。

ネロが死に、その後の空位時代の血で血を洗う戦いのために帝国は傷を受けた。傷から立ち直ったのは、やっとヴェスパシアヌスのもとにおいてであった。このことは、『傷ついた頭』という使徒の預言を実現するものであった。・・・革命の後で自力更正するという力の内に示された異教の帝国のバイタリティーは、いやがうえにもその名声を高めたのであった。

獣は生き返った。

tomi 2020/10/14(水)03:32

黙示録は「旧約世界への審判」を記した書物である

わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは預言者の墓を建て、義人の記念碑を飾って、
『私たちが、父祖たちの時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう』と言います。
こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。
おまえたちも父祖たちの罪の目盛りの不足分を満たしなさい。
おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。
だから、わたしが預言者、知者、律法学者たちを遣わすと、おまえたちはそのうちのある者を殺し、十字架につけ、またある者を会堂でむち打ち、町から町へと迫害して行くのです。
それは、義人アベルの血からこのかた、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上で流されるすべての正しい血の報復がおまえたちの上に来るためです。
まことに、おまえたちに告げます。これらの報いはみな、この時代の上に来ます。
ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。
見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。
あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません。」
イエスが宮を出て行かれるとき、弟子たちが近寄って来て、イエスに宮の建物をさし示した。
そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「このすべての物に目をみはっているのでしょう。まことに、あなたがたに告げます。ここでは、石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」
イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」(マタイ23・29-39、24・1-3)

1.

再臨は、旧約世界を裁くために起きることが、この箇所からわかる。

23・29-39のメッセージは次のとおり:

ユダヤ人は、神から使わされた預言者を殺し、迫害した。

何度も悔い改めを迫ったが、言うことをきかなかった。

そのために、滅亡が迫っている。

そして、この後に「あなたの来られる時や世の終わり」の「前兆」が語られる。

文脈的に、「世の終わり」は「旧約世界の終わり」を意味することは明らかである。

それゆえ、「あなた」が「来られる」のは、「旧約世界を裁く」ためであることも明らかである。

これを世界の終末と解釈するのは、文脈を無視した「私的解釈」である。

2.

黙示録は、紀元70年の再臨を頂点とする「旧約世界への審判」を記した書物である。

この裁きの内容は、「7つの封印が施された巻物」に記されている。

また、私は、御座にすわっておられる方の右の手に巻き物があるのを見た。それは内側にも外側にも文字が書きしるされ、七つの封印で封じられていた。(黙示録5・1)

この7つの封印の解除は、「審判のプロローグ」である。つまり、審判を実行する者たちの紹介と、これから起きる内容についての事前紹介が行われている。

また、私は見た。小羊が七つの封印の一つを解いたとき、四つの生き物の一つが、雷のような声で「来なさい」と言うのを私は聞いた。
私は見た。見よ。白い馬であった。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得ようとして出て行った。
小羊が第二の封印を解いたとき、私は、第二の生き物が、「来なさい」と言うのを聞いた。
すると、別の、火のように赤い馬が出て来た。これに乗っている者は、地上から平和を奪い取ることが許された。人々が、互いに殺し合うようになるためであった。また、彼に大きな剣が与えられた。
小羊が第三の封印を解いたとき、私は、第三の生き物が、「来なさい」と言うのを聞いた。私は見た。見よ。黒い馬であった。これに乗っている者は量りを手に持っていた。
すると私は、一つの声のようなものが、四つの生き物の間で、こう言うのを聞いた。「小麦一枡は一デナリ。大麦三枡も一デナリ。オリーブ油とぶどう酒に害を与えてはいけない。」
小羊が第四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物の声が、「来なさい」と言うのを聞いた。
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。
小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい」と言い渡された。
私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。
そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが、大風に揺られて、青い実を振り落とすようであった。
天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。(黙示録6・1-14)

勝利の白い馬、戦争の赤い馬、飢饉の黒い馬、死の青い馬・・・は、審判の時に何が起きるかを予示している。

「太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。そして天の星が地上に落ちた。」

創造において、太陽は「昼を司る者」であり月と星は「夜を司る者」である。

これらの異常は、天界における大変革の前兆である。

つまり、旧い天が滅びて、新しい天に変わることを予示している。

小羊が第七の封印を解いたとき、天に半時間ばかり静けさがあった。
それから私は、神の御前に立つ七人の御使いを見た。彼らに七つのラッパが与えられた。(黙示録8・1-2)

いよいよ最後の封印が解かれ、巻物が開かれた。

この巻物に記された審判は、7つの段階に分かれており、それぞれの段階の開始時に合図のラッパが鳴る。

8章7節以降、各ラッパが鳴ると次のことが起きる。

1.植物の3分の1の滅亡
2.海の生物の3分の1の滅亡
3.川の3分の1の滅亡
4.太陽、月、星の3分の1の滅亡
5.額に神の印を押されていない人が苦しみを受ける
6.人々の3分の1の滅亡

これらは、天地に存在する者に対する裁きである。

封印を解いたときに予示されていた「旧い天地」への審判が実行された。

第7のラッパが吹かれ、裁きの本編が始まる前に、神からの最後の和解の試みがなされる。

それから、わたしがわたしのふたりの証人に許すと、彼らは荒布を着て千二百六十日の間預言する。(黙示録11・3)

しかし、邪悪なイスラエルはこれをも拒み、救われるチャンスを自ら捨てた。

そして彼らがあかしを終えると、底知れぬ所から上って来る獣が、彼らと戦って勝ち、彼らを殺す。
彼らの死体は、霊的な理解ではソドムやエジプトと呼ばれる大きな都の大通りにさらされる。彼らの主もその都で十字架につけられたのである。
もろもろの民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめていて、その死体を墓に納めることを許さない。
また地に住む人々は、彼らのことで喜び祝って、互いに贈り物を贈り合う。それは、このふたりの預言者が、地に住む人々を苦しめたからである。(黙示録11・7-10)

ついに、本格的な審判が始まった。

御使いは第7のラッパを吹き鳴らした。

第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」(黙示録11・15)

紀元1世紀の大患難の本格的な開始に先立って、キリストにこの世の支配権が移行した。

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tomi 2020/10/13(火)09:53

黙示録が示す再臨の目的

また、私は見た。見よ。白い雲が起こり、その雲に人の子のような方が乗っておられた。頭には金の冠をかぶり、手には鋭いかまを持っておられた。
すると、もうひとりの御使いが聖所から出て来て、雲に乗っておられる方に向かって大声で叫んだ。「かまを入れて刈り取ってください。地の穀物は実ったので、取り入れる時が来ましたから。」
そこで、雲に乗っておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた。
また、もうひとりの御使いが、天の聖所から出て来たが、この御使いも、鋭いかまを持っていた。
すると、火を支配する権威を持ったもうひとりの御使いが、祭壇から出て来て、鋭いかまを持つ御使いに大声で叫んで言った。「その鋭いかまを入れ、地のぶどうのふさを刈り集めよ。ぶどうはすでに熟しているのだから。」
(黙示録14・14-18)

黙示録に再臨を示す箇所はないという人がいる。

しかし「その雲に人の子のような方が乗っておられた」は、明らかに再臨を示す。

そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。(ルカ21・27)

そのとき、人々は、人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

そこでイエスは言われた。「わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです。」(マルコ13・26、14・62)

そのとき、人の子のしるしが天に現われます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」(マタイ24・30、26・64)

「雲に乗る人の子」という表現は、再臨を示す。

さて、この箇所から、再臨の目的がわかる。

「雲に乗っておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた」

「かまを入れて地のぶどうのふさを刈り集めるため」である。

では、なぜぶどうのふさを刈り集めるのか。

そこで御使いは地にかまを入れ、地のぶどうを刈り集めて、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ入れた。
その酒ぶねは都の外で踏まれたが、血は、その酒ぶねから流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。(黙示録14・19-20)

「神の激しい怒り」によって「血」を流すためである。

ここで「地のぶどう」は、背信のイスラエルの人々を表し、ぶどうの汁は血を象徴する。

「酒ぶねは都の外で踏まれた」は、彼らに対する刑罰を意味する。

「都」とは、エルサレムである。

「馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった」

裁きによって流れた血は、膨大な量になった。

この「千六百スタディオン」は、16x100と分解できる。

16は4の二乗。100は10の二乗。

4は「地の四隅」を象徴する。10は完全数。

二乗は強調を示す。

つまり、「千六百スタディオン」は「広大な土地」を象徴する。

チルトンによると、これはパレスチナの長さよりもわずかに大きいという。(Days of Vengeance, p.376)

つまり、イスラエル全土において(「馬のくつわに届くほど」の)大量の血が流されることを示している。

ヨセフォスによれば、ヴェスパシアヌスとティトゥスの軍隊が全土を支配したとき「ガリラヤ全土が火と血で満ちた」という。
(Josephus, #is#The Jewish War#ie#, Book iii.)

「その酒ぶねは都の外で踏まれた」

律法によれば、犠牲の動物の血は至聖所で流されるが、その体は宿営の外で焼かれなければならない。

動物犠牲の本体であるイエスは、エルサレムの門の外で十字架刑に処せられた。

つまり「都の外」は、裁きの場所である。

再臨の目的は、全イスラエルに対する裁きである。

tomi 2020/10/12(月)07:45

終末を待つ必要はない

また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。(黙示録22・19)

1.

黙示録は、聖書という神の啓示の一部であり、絶対である。

神の啓示に手を加える人は、「いのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる」。

生命の樹から取って食べることができず、聖なる都から追い出される。

つまり、救われない。死後、永遠の刑罰に処せられる。

たとえ牧師であろうと、伝道師であろうと、教皇であろうと、黙示録に手を加え、「勝手な解釈を施す」者は、火の池に投げ込まれ、永遠に苦しむ。

われわれが神の言葉を前にして取るべき態度は「厳粛な恐れ」である。

もし自分が間違った解釈をしていたとわかったら、すぐに訂正し、正しい教えに近づけるように、できる限りの努力をすべきである。

2.

聖書が獣をローマ皇帝として描いているのは、火を見るより明らかである。

ダニエル書のネブカデネザルが夢に見た像において、「鉄のすねと鉄と粘土の足」は、ローマ帝国である。

なぜならば、イスラエルを属州として支配した帝国として、ギリシアの次に登場するからである。

そして、ローマ帝国から永遠の神の国が現れると記されている。

第四の国は鉄のように強い国です。鉄はすべてのものを打ち砕いて粉々にするからです。その国は鉄が打ち砕くように、先の国々を粉々に打ち砕いてしまいます。
あなたがご覧になった足と足の指は、その一部が陶器師の粘土、一部が鉄でしたが、それは分裂した国のことです。その国には鉄の強さがあるでしょうが、あなたがご覧になったように、その鉄はどろどろの粘土と混じり合っているのです。
その足の指が一部は鉄、一部は粘土であったように、その国は一部は強く、一部はもろいでしょう。
鉄とどろどろの粘土が混じり合っているのをあなたがご覧になったように、それらは人間の種によって、互いに混じり合うでしょう。しかし鉄が粘土と混じり合わないように、それらが互いに団結することはありません。
この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。(ダニエル2・40-44)

「この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。」

ローマ帝国の時代に、神は「永遠に滅ぼされることがなく」、「他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅し」、「永遠に立ち続け」る国、つまり、神の国が起こされる。

イエス・キリストの御国は、ローマ帝国の時代に始まる。

今、教会にはびこっているディスペンセーション主義の終末論によれば、終末にローマ帝国は復活し、イエス・キリストが再臨し、そこから千年王国が始まるという。

このダニエル書のどこに「ローマ帝国は復活する」と記されているのだろうか。

ネブカデネザルの像の「鉄のすねと鉄と粘土の足」の下には何もない。

「いや、鉄のすねは古代ローマ帝国で、鉄と粘土の足は復活したローマ帝国なのだ」というかもしれない。

しかし、対応する「ダニエルが夢で見た第4の獣」は「一頭のみ」である。

その後また、私が夜の幻を見ていると、突然、第四の獣が現われた。それは恐ろしく、ものすごく、非常に強くて、大きな鉄のきばを持っており、食らって、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは前に現われたすべての獣と異なり、十本の角を持っていた。
私がその角を注意して見ていると、その間から、もう一本の小さな角が出て来たが、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。よく見ると、この角には、人間の目のような目があり、大きなことを語る口があった。
私が見ていると、幾つかの御座が備えられ、年を経た方が座に着かれた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりけのない羊の毛のようであった。御座は火の炎、その車輪は燃える火で、
火の流れがこの方の前から流れ出ていた。幾千のものがこの方に仕え、幾万のものがその前に立っていた。さばく方が座に着き、幾つかの文書が開かれた。
私は、あの角が語る大きなことばの声がするので、見ていると、そのとき、その獣は殺され、からだはそこなわれて、燃える火に投げ込まれるのを見た。
私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。
この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。(ダニエル7・7-14)

この「第四の獣」は一頭であり、そのどこにも「2000年の期間の」間隙を示唆する文言はない。

ネブカデネザルの像の「鉄のすねと鉄と粘土の足」とダニエルの見た「第四の獣」は、明らかに古代ローマ帝国を示している。

もし、神の国が、復活したローマ帝国において起きるならば、それなりの文言がなければならないがそんなものはどこにもない。

イエスは古代ローマ帝国の属州であるイスラエルに生まれ、イスラエルにおいて昇天された。

それゆえ、「天の神は一つの国を起こされます」は、古代ローマ帝国の時代に成就したと考えるべきである。

3.

では、この「一つの国」つまり神の国とは何か。

教会である。

教会とは単に制度的・地方的教会を意味するのではなく「キリストの御体であるエクレシア」を意味する。

全世界のクリスチャンの集合体こそが、神の国である。

そして、この国は永遠に滅びない。

ペンテコステに始まるこの国は「他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしま」う。

われわれが信仰を持ち、洗礼を受けると、この国の国民になる。

われわれは、世界最強・永遠不滅の国の国民である。

われわれは、すでに勝利者となっており、終末を待つ必要などない。

tomi 2020/10/11(日)11:36

黙示録はキリストの勝利と大患難が紀元1世紀に起きたことを示している2

大患難が将来起きると唱える人々は、次の「キリストの昇天」をどう解釈するのだろうか。

女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。

「鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧する」は明らかにイエス・キリストを示している。

旧約において「鉄の杖」によって支配する人物は、キリストを示している。

「わたしは主の定めについて語ろう。主はわたしに言われた。『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。
わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。
あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、焼き物の器のように粉々にする。』」(詩篇2・7-9)

そして、彼は「神のみもと、その御座に引き上げられた」は昇天を示す。

主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。(マルコ16・19)

これから未来に、キリストが昇天するのだろうか。

すでに紀元30年頃に昇天しているのに、どうやって?

この12章と13章における大患難は、昇天の後として描かれているのに、なぜディスペンセーション主義者は「大患難は未来に起きる」というのか。

tomi 2020/10/10(土)16:49

黙示録はキリストの勝利と大患難が紀元1世紀に起きたことを示している

女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。
女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。
さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、
勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。
こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。
そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。
兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。
それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわいが来る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」
自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。(黙示録12・5-13)

この箇所は、昇天後、つまり、紀元1世紀に、天において「キリストが勝利し、サタンが法的に敗北した」ことを啓示している。

女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。

ここで、「女」はイスラエル(のうちの真のクリスチャンたち)で、「男の子」はイエスである。
「鉄の杖」は強固な支配を意味し、「すべての国々の民を牧する」は、全民族がイエスの弟子となる(マタイ28・19)ことを示す。
「その子は神のみもと、その御座に引き上げられた」
すなわち、イエスは十字架・復活後、昇天された。

女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。

1260日は、約3.5年。
預言書において「日」を文字通りの「一日」と考えてはならない。
これは、35年を示している。
昇天があったのが紀元30年頃。それから約35年間、紀元65年頃までイスラエルは「神によって備えられた場所」に避難する。

さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、
勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。

イエスの昇天により、サタンの支配は崩壊した。
「天」は「王座」であり、「地を支配する場所」である。
イエスが天に昇り、サタンが天から追い出されることは、「支配者の交代」を意味する。
イエスは、人間の代わりにすべての律法を守られ、神の契約を成就された。
元初に、神がアダムと取り交わされた契約は「完全に服従するならば、地の支配者になれる」ということなので、イエスはこの契約の報酬を受け取られた。

こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。

サタンが天から追い出されたので、彼にはもはや、地上における権威は一切存在しない。
それゆえ、「全世界を惑わす」ことはもはや不可能である。

そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

「神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた」
天における変化は、地上における変化に先立って実現し、それは「法的な事実」となる。
つまり、われわれが生きている新約世界において、われわれが勝利する約束を得ているのは「すでに天において法的な状況が変化し、神の救いと力と国が確立し、神のキリストの権威が現われた」からである。
ディスペンセーション主義は、このことが終末に起きると言うが、黙示録は「キリストの昇天後の霊的戦いにおいてすでに起きている」と教えている。

兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

「ミカエルと彼の使い」と「竜」の戦いと同時に、地上でも「クリスチャン」と「獣」の戦いがあったことがわかる。
キリストの昇天後、クリスチャンは迫害の中で「自分たちのあかしのことば」を固く保つことによって竜に打ち勝った。

それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわいが来る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」

「天とその中に住む者たち」、すなわち、御使いと昇天したクリスチャンは、天の戦いにおける勝利を喜ぶべきである。
しかし「地と海」、すなわち、イスラエルと異邦人世界には患難がやってくる。
天の戦いに敗れ、法的に敗北したサタンは、自分の臨終の時が近いことを知って、絶望的な最後の戦いを挑もうとしていた。

自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。

「地上に投げ落とされた」つまり「地上支配の権威を失った」サタンは、荒野に避難していた「男の子を産んだ女」すなわち「神の民」に襲いかかる。

紀元64年のローマ大火においてネロがその責任をクリスチャンに押しつけた。

その頃から、紀元70年までの約7年間、教会は大患難に巻き込まれた。

パウロとペテロが殉教したのは紀元67年頃であると言われている。

昇天(紀元30年頃)から「1260日」(つまり約35年間)荒野に避難していた教会が、64年頃から迫害に巻き込まれたのは、「悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って」「男の子を産んだ女を追いかけ」たからである。

黙示録は、キリストの勝利と大患難が紀元1世紀に起きることを示している。

tomi 2020/10/10(土)10:21

聖書はティトゥスを偽メシアとして描いている

それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル9・25-27)

また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。
私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。
その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、
そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう」と言った。
この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。
そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。
彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。
地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。(黙示録13・1-8)

1.

神殿破壊を実行した皇帝はヴェスパシアヌスであるが、なぜか聖書は実行隊長の将軍ティトゥスにスポットライトを当てている。

十本の角は、この国から立つ十人の王。彼らのあとに、もうひとりの王が立つ。彼は先の者たちと異なり、三人の王を打ち倒す。(ダニエル7・24)

ここで、ダニエル書は、11番目の王ティトゥスに焦点を当て、本来なら「三人の王を打ち倒」したのはヴェスパシアヌスのはずなのだが、ティトゥスが倒したことになっている。

ヴェスパシアヌスが存命中は、将軍ティトゥスは彼の命令のもとで活動したはずだから、ガルバ、オト、ウィッテリウスの暗殺の最終責任はヴェスパシアヌスが負うべきである。

その頭には十本の角があり、もう一本の角が出て来て、そのために三本の角が倒れた。その角には目があり、大きなことを語る口があった。その角はほかの角よりも大きく見えた。(ダニエル7・20)

ここでも「三本の角を倒」したのは11番目の角(つまり王)であるティトゥスということになっている。

私は、その理由は「彼が偽メシアだからだ」と思う。

つまり、ヴェスパシアヌスは、悪魔側の「御父」であり、ティトゥスは、悪魔側の「御子」という構図なのである。

神の御子は御父に使わされて受肉され、神の契約をすべて守り通すことによって、世界の相続者となられた。

それに対して、悪魔の「御子」ティトゥスは、悪魔の「御父」ヴェスパシアヌスに使わされて、神の宮を破壊し、世界の乗っ取りを企んだ。

「その角には目があり、大きなことを語る口があった。その角はほかの角よりも大きく見えた」という記述及び「彼は、いと高き方に逆らうことばを吐き」(ダニエル7・25)は、ティトゥスの「悪魔的メシア性」を表現しているのではないだろうか。

他のローマ皇帝とは違って、メシア性を持っていたので、(1)「目」と(2)「大言壮語する口」を持ち、(3)「大きい」者として描かれているのだろう。

(2)について、平行する黙示録において、ティトゥスは「傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ」「その口を開いて、神に対するけがしごとを言い始め」「神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった」と描写されている。

(3)について、彼は「ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであ」り、竜によって「自分の力と位と大きな権威とを与え」られた。

(1)についてはどうだろうか。

黙示録において「目」は霊を意味する。

さらに私は、御座――そこには、四つの生き物がいる――と、長老たちとの間に、ほふられたと見える小羊が立っているのを見た。これに七つの角と七つの目があった。その目は、全世界に遣わされた神の七つの御霊である。(黙示録5・6)

キリストは、「七つの角と七つの目」を持つ者と描写されている。

そしてその「七つの目」は、「全世界に遣わされた神の七つの御霊」である。

7という数字は完全数であるから、「全世界に遣わされた神の七つの御霊」は、「全世界に御霊が派遣され、それを完全に満たされる」と解釈できる。

「角」は動物によって武器であり、人間にとっては剣を意味する。

聖書において「剣」は支配者の象徴である(ローマ13・4)。

王や権威を象徴するから、「七つの角」は「完全な支配」を意味する。

ここから判断すると、「その角には目があり」は、ティトゥスは権威者であり、他の権威者とは異なり「霊」を持つと解釈できる。

もちろんそれは「邪悪な霊」であり、他の権威者とは異なる「特別な霊」である。

以上(1)〜(3)を考慮すると、ダニエル7・20において、ティトゥスは、

神に敵対し、そのライバルになろうとする悪魔から使わされ、邪悪な霊に満ちた、傲慢かつ力ある偽メシア

として描かれているということが分かる。

tomi 2020/10/08(木)11:29

紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない19

釈義に無理があるところを強引に成り立たせることができたのは、ヨセフスに代表される歴史資料のおかげです。しかし、その歴史資料に全幅の信頼を置いてよいものでしょうか。 紀元1世紀といえば、日本では卑弥呼の時代よりも200年くらい昔です。聖書は霊感されているので信頼できますが、他の歴史資料はどうでしょうか。しかも、1〜2世紀は聖書自体に改ざんが流行った時代です。改ざんはある目的をもって行われていました。聖書以外の当時の歴史資料がそうした目的の影響をまぬかれていると信頼してよいでしょうか。しかも、ヨセフスはパリサイ人でした。666の反キリストをネロにするための企みが既に早い時期からあった可能性も否定はできないと思います。 ネロ説はヨハネの手紙に5回出てくる反キリストからはあり得ない解釈であり、カルヴァンがネロ説を取らなかったのは当然です。
ですが、ローマカトリックが世に出したエルサレムバイブルの脚注に出てきた616写本(これに多くのプロテスタントのプレテリストは飛びついています)、小説を映画化した「クォバディス」などによって、私たちはすっかりネロ説に洗脳されてしまいました。

1.

既述のとおり、第一義的に獣はネロではなく、ティトゥスです。
ネロは紀元68年に死亡しているので、紀元70年に神殿を破壊するはずがありません。
しかし、ダニエル書には、「荒らす憎む(忌む)べき者」は「聖所を破壊する」と記されています。そして、すでに述べたように、この「荒らす憎む(忌む)べき者」は、黙示録の「獣」と記述が類似しているので、同一人物であることは明らかです。
しかし、同時に獣の数字は666であり、カエサル・ネロのヘブル文字に割り当てられた数字を合計すると666になる。
聖書は、獣はティトゥスであり、同時にネロでもあると啓示しています。
この矛盾は、ティトゥスが「復活したネロ」とであると考えれば解決します。

黙示録には、獣は「昔はいたが、今はおらず、やがて現われる」(黙示録17・8)と記されています。
つまり、獣は誰かの復活体である。
その「誰か」とは誰なのか。
彼は「8番目のローマ皇帝」(17・11)であると同時に、「先の七人のうちのひとり」(同)である。
すなわち、「ローマ皇帝7人」の一人が、復活して、8番目の皇帝になったのが、獣である。
さて、ティトゥスは、11番目のローマ皇帝であるが、ヴェスパシアヌスの将軍として前の3人(ガルバ、オト、ウィッテリウス)を暗殺した。
これは、次の箇所と一致している。
「十本の角は、この国から立つ十人の王。彼らのあとに、もうひとりの王が立つ。彼は先の者たちと異なり、三人の王を打ち倒す。」
11人から3人が落ちたので、ティトゥスは8番目の皇帝になる。
では、「先の七人のうちのひとり」とは誰なのか。
ネロである。

ティトゥスはネロの復活体なのです。

2.

プレテリズムは、ヨセフォスの資料だけに依存しているわけではありません。
獣がティトゥスであるという主張は、歴史的事実によっても確認できます。
神殿を破壊した皇帝がヴェスパシアヌスであり、実行部隊を指揮したのがティトゥスであるという情報は、数多の資料が示しています。
たとえば、紀元70年のエルサレムの攻略と包囲を記念した「ティトゥスの凱旋門」は、ローマ皇帝ドミティアヌスによって紀元82年に建造されました。
もちろん、これは、当時の人々がエルサレム攻略の功労者をティトゥスと考えていたことを示しています。

3.

ティトゥスが獣であることは、聖書自体が示しています。
ダニエル書によれば、メシアの死の後に、聖所が破壊される。

それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル9・25-27)

「その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。」

油そそがれた者が断たれた後、つまり、メシアが殺された後、「町と聖所が破壊」される。
これは、紀元29年頃の十字架と、紀元70年の神殿崩壊を指す。
そして、この「町と聖所を破壊」したのは、ティトゥスであった。
それゆえ、「来たるべき君主」はティトゥスである。

彼は「半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせ」た。(*)
ここでの「半週」は、黙示録において「獣」の活動期間である「42ヶ月」として表現されている。

この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。(黙示録13・5)

ティトゥスは、ユダヤ人に神殿礼拝を禁止した。
ニケア後の教父サルピシウス・セヴェルスによると、ティトゥスは神殿破壊によって聖書の宗教を根絶やしにしようととしていた。

ティトゥスは、評議会を招集した後、まずこのような並外れた仕事が生み出した構造物である神殿を破壊すべきかどうかを議論したと言われている。というのも、「全人類の業績を越える傑出した神聖な建物は、保存されればローマ人の穏健さの証拠となるが、破壊されればその残虐さの永遠の証拠となるので、破壊すべきではない」と考える人がいるからである。しかし、反対に「ユダヤ人やキリスト教徒の宗教をさらに徹底的に破壊するには、特に神殿を破壊すべきだ。というのも、これらの宗教は、互いに対立してはいたが、同一の作者から発しているからである。キリスト教徒はユダヤ人から生まれた。根を絶やせば、枝もすぐに消えるだろう」と考える人もいたし、ティトゥス本人もそのように考えていた。
Titus is said, after calling the council, to have first deliberated whether he should destroy the Temple, a structure of such extraordinary work. For it seemed good to some that a sacred edifice, distinguished above all human achievements, ought not to be destroyed, inasmuch as, if preserved, it would furnish an evidence of Roman moderation, but, if destroyed would serve as a perpetual proof of Roman cruelty. But on the opposite side, others and Titus himself, thought that the Temple ought especially to be overthrown, in order that the religion of the Jews and Christians might more thoroughly be subverted; for these religions, although contrary to each other, had nevertheless proceeded from the same authors; that the Christians had sprung up from among the Jews; and that, if the root were extirpated, the offshoot would speedily perish.

―Sulpicius Severus,#is#Sacred History#ie# (NPNF, s2, vol xi, p111)

4.

聖書において神殿は、神の御住まいであり、それゆえ、イスラエルの中心でした。そして、歴史は、イスラエルを中心に描かれていますので、それは世界の中心でもあった。
この神殿が崩壊したことを、歴史の重大な分岐点と考えるのは、クリスチャンとしても人類としても当然と言えます。
しかし、歴史主義は、それを軽視してきた。プレテリズムは、この間違った聖書の読み方を正常に戻したと言えます。

(*)
ダニエル書において一週間は文字通りの一週間ではない。
紀元前538年にペルシャの王クロスが神殿とエルサレムを再建せよと命令してから、イエス・キリストの来臨までの時期の約500年が「7週」とされている。
http://www.millnm.net/qanda4/85WAIlcE281h635945.htm
半週は、別の箇所で「ひと時とふた時と半時」と記されている。

彼は、いと高き方に逆らうことばを吐き、いと高き方の聖徒たちを滅ぼし尽くそうとする。彼は時と法則を変えようとし、聖徒たちは、ひと時とふた時と半時の間、彼の手にゆだねられる。(ダニエル7・25)

ここで「彼」とは「第四の国」―つまりローマ帝国―の君主を意味するので9章の「来たるべき君主」と同一人物であることは明らか。

tomi 2020/10/06(火)12:25

紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない18

反キリストはどうやら当初から大勢いた組織的な存在であり、教理的な誤謬を持ち込んで惑わす存在のようです。 当時、救われるためには律法の行いも必要だと主張するユダヤ主義者たちがいました。黙示録に「サタンの会堂」という言葉が繰り返されており、「ユダヤ人(=クリスチャン)と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たち」と言われています。 パウロが言う「結婚を禁じたり、食物を禁じたり」する勢力は、行為義認を唱えるグループと思われ、やはり反キリストの仲間と思われます。

「今出ている」反キリストはその本質を保ったままそこから発展を遂げ、1世紀から21世紀まで続いているのですが、これを未来に持っていったり(Futurism)、1世紀に封じ込めたり(preterism)するので、どちらも釈義的に無理が生じるのは当然です。

これも何度も述べたことですが、1世紀から21世紀まで続いている「反キリスト」を獣とすると、紀元1世紀の再臨を境にできた旧約時代と新約時代の明確な区別を無視することになるのです。

「獣」は紀元70年以前に限定されている現象であって、それ以降において適用できません。

「獣」と「反キリスト」を混同することが、今日の教理的誤解を生んでいます。

聖書において「反キリスト」は異端者であり、政治的な権力を持つ存在ではありません。それは、歴史上紀元1世紀以降、何度も現れましたし、今も現れています。

しかし、「獣」は紀元70年以前に現れた歴史的に一回限りの存在(復活したネロであるティトゥス)です。

それゆえ、その「獣」をローマ・カトリックに適用することはできません。

ローマ・カトリックが「獣=ネロ」と描き、自らの正体を隠そうとしたとしても、それだからといって「獣=ネロ」の事実に変化はありません。

もし無理矢理「獣=ローマ・カトリック」との図式で黙示録やダニエル書を読もうとしても、無理があります。

たとえば、次の箇所を解釈できません。

その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。


ローマ・カトリックが「油そそがれた者は断たれ(つまりイエスの十字架)」た後に、「聖所を破壊」したことはありませんし、今後もないでしょう。

私が述べていることをご理解いただくために次の点にまとめます。

1.紀元1世紀の再臨を境に旧約時代に幕引きがされ、新約時代が始まった。

2.新約時代は、1コリント15・20−28にあるように、旧約時代のすべての権力や権威が滅び、イエス・キリストが「法的に」完全統治する時代であり、サタンにはこの世を支配する権威はまったくなくなった。

3.サタンにこの地上を支配する権威がなくなったので、クリスチャンが戦えば必ず勝利し、地上に神の国が拡大する。その結果、すべての民族はキリストの弟子となる。これは、すでに起こることがあらかじめ決定されている神の計画なので、必ず成就する。

4.しかし、もし「獣=ローマ・カトリック」と解釈すると、黙示録19章以前がまだ成就していないことになり、未来に「獣による全世界支配」が起きて、大患難時代が到来し、人類の三分の二が滅ぶ可能性が生じる。

5.このような破局的な未来を想定することによって生じる「悲観主義」や「信仰的麻痺」は、ディスペンセーション主義によるそれと同様であり、非常に有害である。麻痺したクリスチャンは、勝利を確信して神の国の拡大のために働くことができなくなる。「どうせ世界は獣に牛耳られる運命なのだから、地上を神の国に変える活動よりも、福音伝道によって天国行きの切符を渡して、一人でも多くの人を大患難時代の前の携挙の恵みに与らせなければならない。」と考えるようになる。これは「地を従えよ」や「地の塩となれ」「世の光となれ」「すべての国民を弟子とし、私が命じた教えを守るように指導せよ」の命令に違反する。

6.それゆえ、獣と大患難はあくまでも「歴史上一回限りの現象」とし、紀元70年以前の旧約時代に閉じ込めなければならない。

7.では、紀元70年以降も現れる獣的な人物や団体をどう考えるべきか。それはあくまでも「獣に似た人物や団体」でしかなく、「獣そのもの」ではない。(それは、紀元1世紀に滅んだ。)

8.ローマ法王やローマ・カトリックは、「獣そのもの」ではなく、「獣に似た人物や団体」である。

9.サタンは自分がすでに紀元70年に地上支配の権威を失った「張り子の虎」であることを悟られたくないと思っている。

10.そのために、彼は、新約時代に登場させる「獣に似た人物や団体」を、黙示録の「獣そのもの」であると誤解することを望んでいる。

11.ディスペンセーション主義などの非プレテリズムは、これを信じさせるためのシステムであり、その罠にはまると、クリスチャンは「いよいよ黙示録の時代だ」と考え「まもなく再臨があり、携挙がある」と考えるようになる。つまり、すでに成就してしまった旧約時代を、現代に適用し、「大患難が近づいている」となり、「地を従えよ」などの命令を無視するようになる。

12.今の教会はほとんどこの罠にはまっており、「信仰的麻痺」状態に陥っている。

13.エドワード・ヘンドリーは「獣=ローマ・カトリック」説を奉じることによって、1コリント15・20−28が示す「サタンはすでにキリストによって法的に滅ぼされている」という事実を人々から「おそらく意図せずに」隠している。

tomi 2020/10/06(火)07:25

紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない17

ローマカトリックが管理してきたバチカン写本には、ご承知のように黙示録そのものがありません。黙示録を普通に読むと、ローマカトリック教会がどういう存在であるかがばれてしまうからです。黙示録を隠せなくなると、今度は反キリストの解釈を変えるという手に出ました。1つは未来に置く(ディスペンセーショナリズム)解釈、もう1つは1世紀の人物に限定する解釈(プレテリズム)です。 富井先生にRCを擁護する意思がないことは十分に承知していますが、プレテリズムがイエズス会士に始まることはRCも認めており、RCとプロテスタントの両方の間で共通の認識となっており、ほぼ定説化しています。プレテリズムのかなめは、すでに述べたように666反キリスト=ネロ説です。 イエズス会が力を入れて流行らせたものでも、それが聖書的に正しければ認めるしかありませんが、無理してひねり出したものであるため、やはり釈義的に無理があります。
Iヨハネ2:18子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。 2:19彼らはわたしたちから出て行った。しかし、彼らはわたしたちに属する者ではなかったのである。もし属する者であったなら、わたしたちと一緒にとどまっていたであろう。しかし、出て行ったのは、元来、彼らがみなわたしたちに属さない者であることが、明らかにされるためである。 4:3あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。

1.
すでに申し上げたとおり、反キリストは黙示録の「獣」ではありません。
聖書の中において、反キリストは異端としか記されておらず、「ものを売ることも買うこともできなくする」ような政治的な権力を持つ者ではありません。

2.
既述のとおり、ダニエルの「荒らす憎むべき者」と黙示録の「獣」との間には共通性があります。

(1)
傲慢なことを言い、けがしごとを言う口(黙示録)
彼は、いと高き方に逆らうことばを吐き(ダニエル)

(2)
四十二か月間活動する権威を与えられた(黙示録)
聖徒たちは、ひと時とふた時と半時の間、彼の手にゆだねられる(ダニエル)
(「ひと時とふた時と半時」は、1+2+0.5=3.5年。3.5年=12 x 3.5=42ヶ月。)

(3)
すると、獣は捕らえられた。・・・そして、・・・硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。(黙示録)
しかし、さばきが行なわれ、彼の主権は奪われて、彼は永久に絶やされ、滅ぼされる。(ダニエル)

「荒らす憎むべき者」は神殿を破壊します。

それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル9・25-27)

「油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。」
ここで、「油そそがれた者は断たれ」は、もちろんキリストの十字架です。
その後に、「来たるべき君主」が現れる。
この「来たるべき君主」は、誰か。
「来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する」とあるので、聖所を破壊した民の王です。
紀元70年に聖所を破壊した民はローマ人なので、ローマ人の君主です。
このローマ人の君主は「半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる」。
半週は、「ひと時とふた時と半時」、つまり、42ヶ月。
獣には「四十二か月間活動する権威を与えられた」(黙示録)。
ここで、黙示録の獣は、このローマ人の君主であるとわかります。
「荒らす忌むべき者が翼に現われる」は、イエスによって、「『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つ」と解釈されている。

それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)(マタイ24・15)

至聖所に立ったローマ人の君主は誰か。
ティトゥスです。
つまり、獣はティトゥス。
これで議論は終わりです。
明らかすぎる。

3.
エドワード・ヘンドリーは、以上について反論できないでしょう。
そして、マタイ24・34も解釈できないでしょうし、その他100箇所ある「再臨がキリストと同時代に起きることを示す聖句」にも答えられないでしょう。
ここに「ヘンドリーの取り組み方に偏りがある」と感じています。
釈義をしない。外部的な資料から推測するのはよいとしても、聖書は聖書によって解釈するのが原則なので、まず、私が示した獣がティトゥスであるということを釈義的に否定するのが先だと考えます。

4.
それから、プレテリズムの起源はカルヴァンであるとすでに申し上げました。
なぜならば、黙示録20章の千年王国を「教会時代」に設定しているからです。
ということは、再臨(カルヴァン主義者は「来臨」と呼ぶが)も含め、黙示録19章まではすでに紀元1世紀に起きていると考えていた。
しかし、時代的にまだプレテリズムの内容が深く掘り下げる時期ではないので、あいまいな点がある。宗教改革者がローマ・カトリックを獣と考えたのも、まだ光に照らされていなかったということでしょう。
リフォームドは「常に改革されるべき」という意味で、カルヴァン主義者は「すでに完全になった教理を持っている」と主張していません。時代とともに明らかになる教えがあるという前提を持っている。

5.
プレテリズムをもっぱらローマ・カトリックの陰謀と考えるならば、ケネス・ジェントリーやデイビッド・チルトン、ゲイリー・ノースも、異端として断罪せざるをえなくなります。これは、行きすぎです。なぜならば、フルプレテリズムは別として、プレテリズムそのものは正統派の範囲に入っているからです。逆にエドワード・ヘンドリーが異端扱いされかねない。

6.
ローマ・カトリックが「自らを獣として見られたくない」という意図があったとしても、それが、「プレテリズムはそのための教義だ」とは結論できません。なぜならば、プレテリズムは、釈義的に筋が通っているからです。すでに述べたように、聖書には「再臨が紀元1世紀に起きる」事を示す箇所が100箇所以上あります。逆に、歴史主義は、これらの箇所に合理的な解釈を行っていません。もし歴史主義の言うとおり、「再臨が世界の終末に起きる」ならば、では、マタイ10・23で、イエスは弟子たちに「イスラエルの町々を巡り終える前に戻ってくる」と告げられたのをどう解釈するのでしょうか。マタイ16・27-28において、イエスは弟子たちに「あなたがたの何人かが死ぬ前に戻ってくる」と言われたのをどう解釈するのでしょうか。マタイ26・64において、イエスはカヤパや律法学者たち、長老たちに向かって「あなたたちは、裁きのためにイエスが戻ってくるのを自分の目で見る」と告げられたがどう解釈するのでしょうか。ルカ21・ 22、32において、イエスは弟子たちに「すべての預言はあなたたちの世代において成就する」と言われたがどう考えるのか。36節で、イエスは「今挙げた出来事は、まさに起ころうとしている」と強調したが・・・。ヨハネ黙示録1・1-3と22・6-20で、イエスは紀元1世紀の信者たちに「すぐに戻ってくる」と告げ、「黙示録の出来事はすぐに起きなければならない」と言われたが・・・。

tomi 2020/10/04(日)17:46

マルクスの悪魔性

ポール・ケンゴーPh.D.が”The Devil and Karl Marx”の中で、マルクスの悪魔性について興味深い実話を紹介している。

マルクスの友人でジャーナリストのカール・ハインゼンは、「ワインを何本か飲んだ後で」マルクスを家まで送るのを手伝った。ハインゼン曰く、「私が家に入るとすぐに、彼はドアを閉め、鍵を隠し、おどけて『あなたは私の囚人だ』と言った。マルクスは私に書斎までついてくるように求めた」。酔ったマルクスは、すぐにハインゼンがそこにいることを忘れてしまったが、意識を取り戻すと、非常に奇妙な―いや、小鬼のような、わざと悪魔っぽい―振る舞いをし始めた。彼は文字通りそのように振る舞った。ハインゼンは次のように記している。

マルクスは私のもとにやってきて、「おまえは私の手の中にいる」と言った。悪魔というより小鬼を想起させるような悪意を表情に浮かべながら、脅迫と手錠で私を攻撃し始めた。同じようにやり返すことが自分の性に合わない私は、そのようなことは勘弁してくれと懇願した。攻撃の手を緩めようとしないので、真剣に「やめないと痛い目に遭わせるぞ」と警告した。いくら警告しても無駄なので、部屋の隅に突き飛ばした。起き上がった彼に、「あなたはつまらない人だ。玄関のドアを開けなさい」と言った。今度は彼が勝ち誇る番だ。「じゃあ家に帰りなさい、強者よ。」とあざけり、とても滑稽な作り笑いを浮かべた。あたかもファウストの「閉じ込められた人が一人いる・・・」という台詞を繰り返しているようだった。メフィストフェレスの真似をして失敗したことが、状況を極端に滑稽なものに変えたが、少なくとも、感情は似ていた。最後に「ドアを開けてくれなければ、私が自分で開ける。修理費はあなた持ちだ。」と警告した。マルクスは、ただニタニタとあざ笑うばかりなので、私は下に行き、玄関のドアを破った。そして、通りから「泥棒が入らないように、戸締まりをしなさい」と叫んだ。マルクスは、私が呪文から逃れたことに驚き、黙したまま窓から身を乗り出し、濡れたゴブリンのように小さな目で私を見ていた。
(Francis Wheen, Karl Marx, HarperCollins Publishers (2000/8/3), pp. 40-42.)

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1854年3月に父親に宛てた手紙の中で、マルクスの一人息子エドガーの書き出しは「親愛なる悪魔へ。」であった。リチャード・ワームブランドは著書『マルクスとサタン』の中で、この手紙を重視し、父親をこのように呼ぶ息子とはいったい何者だったのかと、不思議がっている。(Wurmbrand, Marx&Satan, p.46.)


―Ph.D. Paul Kengor, #is#The Devil and Karl Marx: Communism's Long March of Death, Deception, and Infiltration#ie#,2020/8/18,Tan Books & Pub. Kindle ver.

tomi 2020/10/04(日)14:53

The Core Teachings of the Bible

The following are the core teachings of the Bible.

1. Worship is the most important and essential act for man.

2. The Temple of God is the center of the world.

3. The collapse of the Temple (70 A.D.) represents the end of the Old World and the arrival of the New World.

4. Now the world revolves around the New Temple, i.e., the Body of Jesus and the bodies of Christians.

5. According to 1 Corinthians 15:20 -28, all the powers and authorities of the Old World have been destroyed, and all the power is concentrated in God the Father in the New World. Therefore, every Satan's plan or attempt is doomed to failure. In addition, because death has been destroyed, Christians have become immortal in Christ.

6. In his second coming in 70 A.D., Jesus Christ has established this New World Order "legally" once and for all.

7. Under this New World Order, those who live and act in Christ for establishing the Kingdom of God the Father are on the victory side, while those who work against it are on the defeated side.

tomi 2020/10/04(日)03:42

聖書の核心的な教え

以下は、聖書の核心的な教えである。

1.礼拝は人間にとってもっとも重要かつ本質的な行為である。

2.神殿は世界の中心である。

3.神殿崩壊(紀元70年)は、旧い世界が崩壊し、新しい世界が到来したことを示す。

4.世界は新しい神殿であるキリストの体とクリスチャンの体を中心に回っている。

5.1コリント15・20−28によると、新しい世界において、旧い世界のあらゆる権力や権威は滅び、全権が父なる神に集中している。それゆえ、サタンのあらゆる策謀は失敗に終わる。また、死は滅亡したので、キリストにおいてクリスチャンは不死の存在になった。

6.キリストは紀元70年の再臨において、この新しい世界秩序を「法的に」樹立された。

7.この世界秩序のもとでは、父なる神の主権のために、キリストにあって活動する者は勝利し、反対する者は敗北する。

tomi 2020/10/04(日)02:29

紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない16

イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」

そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」

しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。(ヨハネ2・19-21)

イエスは「神殿を壊してみなさい。私は三日でそれを建ててみせる」と言われた。そして、聖書は「これは復活を指している」と示している。

つまり、イエス・キリストの復活体こそが、神殿なのである。

そして、事実、紀元70年にエルサレムの神殿はティトゥスによって破壊され、この石の建物は再建されていない。

イエスが十字架で息を引き取られたときに、神殿の至聖所の幕が真っ二つに避けた。

これは「エルサレム神殿礼拝の時代は終わった」との神の宣言である。

ユダヤ研究者のY牧師によると、その後から崩壊までの間、祭司が至聖所に入ると倒れて出てこれなくなったという。そのため、祭司の足に紐をつけて、倒れた場合にはそれをひっぱって出すしかなかったと。律法によれば、その年の担当祭司以外の誰も至聖所に入ることを許されていなかったからである。

復活後、イエスの御体とクリスチャンの体こそが神殿であり、礼拝場所は、エルサレムに限定されなくなった。クリスチャンの体があるところ、どこでも礼拝できるようになった。

十戒の第一の戒めにおいて、神以外を礼拝対象としてはならないとある以上、人間にとって、誰を礼拝するかはもっとも基本的かつ本質的な事柄である。

それゆえ、神殿の変化は、世界のシステムの根本的変化を象徴している。これを聖書では「旧い天地の滅亡と新天新地の到来」と表現されている。

イエスが復活され、クリスチャンの体が神殿となったときに、旧い天地は崩壊し、新天新地が始まった。

そして、そのシステムの変化が決定的になったのは、旧約時代を裁くためのイエスの「紀元70年の再臨」である。

そのときに神殿は崩壊し、「麦と毒麦の選別」「羊と山羊の選別」が行われ、麦と羊は救われ、毒麦と山羊は滅び、旧約世界の幕は降りた。

紀元70年以降は、まったく新しい時代である。

それゆえ、プレテリズムと歴史主義の「分水嶺」は、神殿崩壊であって、ネロ666説ではない。

神殿崩壊は、人間存在にとってもっとも重要な要素である「礼拝」の様式が決定的に変化したことを象徴する。

それゆえ、紀元70年の神殿崩壊をもって、旧い世界と新しい世界を分けることは、聖書的である。

この新しい世界において、旧い世界の礼拝システムである神殿の再建を唱えるタルムードユダヤ人たちは、神の決定に対する反逆者であり、革命家である。

タルムードユダヤ人が主導しているシオニズムと共産主義の本質はエルサレム神殿の再建であり、それらはいずれも「新しい世界を否定し、旧い世界に戻そうとする」サタン的運動である。

そして、紀元70年以前に成就した「獣」を紀元70年以降の人物に設定する試みもことごとく、そのようなサタン的な運動の一部である。

tomii 2020/10/03(土)06:03

紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない15

マタイ24章や黙示録の中のほんの一部でも1世紀に起こったといえばプレテリズムになるかというと、決してそうではありません。もしそうなら、アミレの事実上全員が(パーシャル)プレテリストになってしまいます。

そのようなことは言っていません。
プレテリズムと歴史主義を分けるのは、紀元70年の来臨を「再臨」と考えるかどうかです。(*)
プレテリズムは、紀元70年に再臨があり、「再臨の際にこういうことが起きる」と述べた箇所(たとえば、1コリント15・20−28)が成就したと考えます。
しかし、歴史主義は、そのような箇所を、一回限りの再臨が起きる世界の終末に起きると考えます。そのため、クリスチャン個人がもはや死と無縁の存在になったと考えません。歴史主義の教会では、お墓が作られます。プレテリストは、クリスチャンはすでに死から解放されているので、お墓を作らないはずです。
とくに無千年王国論者において顕著ですが、サタンはまだ権力を有していると考えるので、善と悪が同時並行的に発展し、最終的にどちらが勝つかについて不明と考えるクリスチャンがこのグループには多い。

いわゆるプレテリズムの成り立ちや歴史的経緯を見ると(https://en.wikipedia.org/wiki/Preterism)プレテリズムとヒストリシズムを分ける決定的な要素は、ネロを666と見るかどうかです。プレテリズムを世に出す動機そのものがこれだからです。 これは「開祖」とされているLuis del Alcazarだけでなく、チルトン、ジェントリーなどの代表的なプレテリストに共通しています。ジェントリーは教皇666論者もプレテリストに挙げていますが、ネロを666と見ない学者をプレテリストと呼ぶことは、プレテリスト側の我田引水です。あくまでも、ネロを666と見るかどうかがプレテリストのリトマス試験紙です。

「プレテリズムをローマ・カトリックの陰謀」という前提に立っているように見受けられますが、すでに何度も掲示したように、釈義的に、獣はティトゥス以外に考えられません。そして、ティトゥスは復活したネロです。これは、ご存じのとおり、私が「ローマ・カトリック教会を守りたい」という動機があるから述べているのではなく、純粋に釈義的にそのように解釈せざるを得ないからです。
歴史主義は「紀元70年の来臨は再臨である」と信じることができないので、獣の年代を紀元70年以前に閉じ込めておくことに失敗するのです。この点から見ても、プレテリズムと歴史主義を分ける分水嶺は「紀元70年に再臨があった」ということを信じるかどうかであると言えます。
ジェントリーは誤解しています。ローマ法王獣説は、プレテリズムと矛盾します。

(*)
再臨と考える人々の中に、

(1)再臨は一回限りの出来事で、それは紀元70年に起きた。それゆえ、クリスチャンは復活し、すでに復活体になっている。この世界は永遠の新天新地に変わった。

と考えるフルプレテリストと、

(2)再臨は二回あり、紀元70年に起きた再臨において、旧約の体制は完全に成就され、新約の体制が始まった。この体制のもとで、世界の全民族が弟子化され、神を礼拝し、聖書に従うように整えられる。世界の終末に起きる第二の再臨において、新約の体制に対する裁きが行われ、永遠の御国が到来する。

と考えるパーシャルプレテリストがいます。