666とは誰か?



ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は666である。(ヨハネ黙示録13・18)


 この問題は今日センセーショナルに取り上げられています。しかし、これは聖書の預言ですから、預言解釈の原則に則って解釈する必要があります。

 聖書解釈において、前提とすべきなのは、「聖書は第一義的に当時の人々に向けて書かれている」ということです。つまり、私たちも手紙を書くときに相手にとってちんぷんかんぷんなことは書きません。それはナンセンスだからです。したがって、この数字も、黙示録の読者(1世紀の7つの教会)にとって意味のある人物であると分かります。

 つまり、当時の人々がその数字から類推できる人物であるはずです。また、ヨハネは「思慮のある者はその獣の数字を数えなさい」と書いています。類推しても無駄な人物について類推せよとは誰も言いません。したがって、この数字が当時の人々が想像もつかない2000年後の誰かを示していないことは明らかです。さらに、ヨハネが黙示録を書いた目的は、当時の迫害下にあるクリスチャンを励ますためだったので(1:17ー3:22)、この人物がその目的と無関係であると考えることはできません。  また、黙示録の啓示は「すぐに」起こるはずでした(1:1、3、19、22:6)。「すぐに」(1:1)にあたるギリシャ語はεν ταχειで、ギリシャ語辞典では、shortly, quickly, soon, speedily という訳語があてられています。つまり、ヨハネは「時は目の前に近づいている」と述べているのです。私たちも手紙の中で「すぐにお支払いいたします」と取引先に書いておきながら、遅いので催促された時に、「いやー、2000年後に払うつもりでした。」と言ったら、それは立派なサギです。「すぐに」は「すぐに」なのです。これ以外の意味はありません。それゆえ、この獣もヨハネと同時代人であるということが分かります。

 一般に、獣の解釈で問題になるのは、獣の「二重性」です。黙示録において獣のイメージは「一般的」と「特殊的」の二つからなっていると、ほとんどの注解者は認めています。つまり、獣は、あるときは「王国」として描かれ(17:9ー11)、あるときは「その王国の一人の指導者」(13:18)として描かれているのです。

 「王国」は、7つの頭(7つの山、7人の王)を持つと言われています(17:9)。「7つの山」という表現は、当時普遍的にローマを指しました(スエトニウス、プルタルコスはローマの祭りを Septimontium [つまり、七つの山の町の祝宴]と呼びました。ヴェスパシアヌスの貨幣においてローマは「七つの山に座る女」として描かれています。テルトリアヌスやヒエロニムスなどのクリスチャン著者たちもローマを七つの山の町と述べています)。つまり、獣は「一般的」な意味においてローマ帝国を示すと考えることができます。

 それでは、「特殊的」な意味での獣とはだれを指すのでしょうか。それは、<ネロ>です。ネロ・カエサルのヘブル文字綴り NRWN QSR は(それぞれの文字に割り当てられた数を)合計すると666になります。獣は「偉大な権威」(13:2、7)のある人物(つまり、政治的な人物)であり、邪悪な偶像崇拝者で、神を冒涜する人物でした(13:4ー7)。ネロはローマの皇帝であり、大きな政治的権威を持っていました。また、その行動は極めて邪悪で、神を冒涜し、最初の異邦人クリスチャン迫害者となりました。また、自分を神として礼拝させました。ローマの歴史家スエトニウス(紀元70ー160年)は、ネロの獣のような性格を記しています。自分の気の向くままに妙な言いがかりをつけて人々を殺害しました。評判の良い400人の元老院議員と600人のローマの騎士を闘技場で戦わせて死なせました。スポルスという名の少年を去勢し、彼と結婚しました。男性を強姦し、拷問にかけることを楽しみました。また、野獣の毛皮をかぶって檻の中に入り、扉を開け放たれると、その狂気の欲望が満足するまで杭に繋がれた男女の性器を襲い続ける、というゲームを考案・実行しました。(Suetonius, Nero 29)。

 タキトゥスはネロのことを「残虐な性質をもち、数多くの無実の人々を殺した」と言いました。ローマの自然主義者プリニウスはネロを「人類の破壊者、世界の毒」と呼びました。ティアナのアポロニウスは、ネロが当時「獣」と呼ばれていたと述べています。彼は次のように言いました。「私は他の誰にもましていろいろな場所を旅し、アラビアやインドの野獣をたくさん見てきた。しかし、・・・自分の母親を食べる野獣の種類があるなどという話を聞いたことがない。だが、ネロは自分の母をむさぼり食ったのだ」。ラクタンティウスは彼のことを「忌まわしい、破滅的専制者・有害な野獣」と呼びました。サルピシウス・セヴェルスは、「ネロはあらゆる人間の中で最も下劣であり、野獣の中でさえも最も卑しいものである。彼は・・・クリスチャンの名を消そうとした最初の人物であった」と述べました。

 カリギュラとネロは皇帝礼拝を極限にまで押し進めた人物でした(エドワード・ローゼ)。彼らは存命中に、自らを礼拝することを人々に強要しました。アルメニアの王ティリダテは、ネロの前にひれ伏して拝みました。ローマ人だけではなくギリシャ人や様々な種族が彼を礼拝しました(13:7)。元老院議員のスラサエはネロの音楽の才能を評価せず、彼にいけにえを捧げなかった咎により、処刑されました(13:15)。  ネロの指導によるローマ帝国のクリスチャン迫害はローマ大火後(64年11月中頃)から彼の死(68年6月9日)まで続きました。合計でほぼ「42カ月」(13:5)でした。彼はクリスチャンを残虐な拷問にかけ殺し、汚れたことを行わせ、侮辱しました。彼の迫害は史上類を見ないものでした。タキトゥスは、次のように述べています。「彼らは獣の皮を着せられ、体は犬に咬みちぎられた。日没後の照明のために彼らは十字架に縛られて焼かれた。」教会は2人の最大の指導者を失いました。ペテロとパウロはネロの迫害時に殺されたのです。ヨハネは流刑に処されました。このことからも、ネロの迫害がキリスト教会にとって非常に大きな衝撃だったことがわかります(13:7)。

 13:10にあるように、ネロはクリスチャンを剣で殺し(パウロは斬首刑でした)、自分も短剣を喉に刺して自殺しました(Suetonius, Nero 49)。「一般的」獣ローマ帝国は、その7つの頭の内の一つであるネロが「剣の傷」(14)を受けて死んだ後、混乱の中に放り込まれました。事実、ユリウス・クラウディウスの皇帝の血統が途絶え、帝国の創設者の家系が突然統治権を失いました。スエトニウスが述べるように、「カエサルの種族はネロと共に潰えた」(Galba 1)のです。これはローマ帝国にとって致命的な問題を引き起こしました(13:3)。帝国に大きな内乱が勃発し、帝国はほとんど崩壊状態になったのです。「永遠のローマ」は瓦礫の山と化したのです。タキトゥスは次のように記しています。「4人の皇帝が剣によって殺された。3つの内乱が発生し、さらに多くの外国における戦いがあった。これらが同時に帝国に襲いかかってきたのだ。・・・イリリクムは混乱し、ゴール地方は不安定な状態にあった。・・・サルマテとスエビは反乱を起こした。・・・豊かなカンパニアの海岸の都市は飲み込まれ、圧倒された。ローマは大火によって荒廃し、そのほとんどの古い寺院は破壊され、議事堂までもが市民の手によって焼き払われた。神聖な儀式は汚され、神聖な場所において姦淫が行われた。海は難民の群で埋まり、岸壁は死体で汚された。ローマではさらに恐ろしいことがあった。・・・人々に数多くの不幸が降り懸かっただけではなく、空や大地に不思議な現象があった。」(Histories 1:2-3)これらの混乱は、市民・被支配民・近隣諸国民・敵の目に、ローマ帝国の末期の苦しみとして映りました。ヨセフォスは、この時期に帝国がほとんど「滅亡」しかかったと述べています。「この時期に、四方からひどい災難が襲ってきた」(Wars 4:10:1)「・・・[ゲルマン人は]帝国の支配下にある居住地域のいかなる場所も不安定で、崩壊しかかっていると思っていた」(Wars 7:4:2)。「全地の人々はローマ帝国が大変病んでいると」理解していました(Wars 7:4:2)。偽預言書・第四エズラ記(紀元100年)の12:16ー19には、次のように預言されています。「帝国の歴史の半ばにおいて、大きな紛争が起こる。そして、帝国は滅亡の危機に瀕するだろう。」

 しかし、この後何が起こったのでしょうか。ヴェスパシアヌスの下でローマ帝国は奇跡的な復活を遂げたのです。「・・・3人の皇帝の虐殺の後に帝国は長い間安定を失い、いわば、漂流状態にあったのだが、ついに、・・・フラヴィアン家の手によって再び安定を獲得したのであった」(Suetonius, Vespasian 1)。ヨセフォスは「ローマ人の国家的問題が予期せぬ方法で解決され、破滅を免れるや否や、・・・」(Wars 4:11:5)と述べています。ジェームス・モファットは次のように言いました。「ネロが死に、その後の空位時代の血で血を洗う戦いのために帝国は傷を受けた。傷から立ち直ったのは、やっとヴェスパシアヌスのもとにおいてであった。このことは、『傷ついた頭』という使徒の預言を実現するものであった。・・・革命の後で自力更正するという力の内に示された異教の帝国のバイタリティーは、いやがうえにもその名声を高めたのであった」。獣は生き返ったのです(13:3)!

 17:10ー11において、ローマ帝国の「7人の王」は、ヨハネが黙示録を記した時(紀元64ー67年頃*)に五人はすでに死んでおり、一人は今治めており、もう一人が後に登場するはずであるとされています。そして、この七番目の王は「しばらくの間(つまり、短い間)とどまるはず」だと記されています。さて、カエサルと呼ばれたローマの7人の王を順番に挙げていくとこの聖書の記述とピタリと当てはまるのです。

1.ユリウス・カエサル(紀元前49ー44年)
2.アウグストゥス・カエサル(紀元前31ー紀元14年)
3.テベリウス・カエサル(紀元14ー37年)
4.ガイウス・カエサル(カリギュラ)(紀元37ー41年)
5.クラウディウス・カエサル(紀元41ー54年)
6.ネロ・カエサル(紀元54ー68年)


そして、七番目の王ガルバ・カエサルの在位期間は紀元68年6月から69年1月15日までのたった7カ月だけでした!

 666はローマ及びネロを指しています。このことは、大患難時代がすでに1世紀にユダヤ戦争において終わっていることを裏付ける証拠の一つになります。

これらのことの他にも様々な証拠があります。詳しくは、Dr. Kenneth Gentry, "The Beast of Revelation"(Dominion Press, Fortworth TX) を参照してください。




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