神を裁くことはできない

 

<質問>
なぜ神を試してはならないのですか。

<答え>
神はあらゆる基準を超えているからです。
神をも評価する基準など存在しません。
神は無から世界を創造されたのですから、神の前に基準はなかったのです。万物が神から出ているならば、神は万物の評価者とはなっても、被評価者にはなりません。
それゆえ、被造物は、神に対しては、ただひたすらに信じる以外には方法はありません。神を疑うということは、神を超える基準があると考え、神を評価していることだからです。
聖書は、神について、信仰の対象としてしか描いていません。
神と神の御言葉は、もっぱら信仰の対象であって、前提です。
神や御言葉は、前提以外の何者にもなるべきではないという姿勢に貫かれています。
しかし、人間は、みな何らかの基準の下にいる者ですから、テストの対象となります。人間は評価されるべき者なのです。
近代になって、神や聖書すらも評価の対象としようという運動が起こりました。それが、自然主義神学でした。
もし神を万物の創造者と認めるならば、神や聖書すらも評価の対象とすることは、論理的ではなく、矛盾した行為なのです。

 

 

02/09/18

 

 

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