教育からヒューマニズムを徹底して排除せよ

 

見よ。子どもたちは主の賜物、胎の実は報酬である。
若い時の子らはまさに勇士の手にある矢のようだ。 (詩篇127・3-4)

ここから、子供は、神の御国拡大のための武器として両親に与えられた「賜物」であることがわかる。
現代のキリスト教は、この教えを失ってしまった。
教会学校において聖書教育が行われても、具体的にこの世界に存在する様々な教育――科学、歴史学、言語、音楽など――において世俗の原理が教えられるならば、子供は神の御国の武器にはなりにくい。

我々が目指すのは、「御心が天で行われるように、地上においても行われること」である。
地上においては、地上の原理で行うなどという思想が異端であることは明らかであり、このような誤った思想に基づいて教育を行うから、キリスト教の勢力は弱体化する。

我々は、全世界のあらゆる領域を獲得しなければならない。
我々は、領土獲得戦争に召された兵士である。

教育は、この兵士を養成するために存在するという理解は、間違いなく聖書的であり、聖書を真剣に信じるならば、我々は、世俗民主主義を広め、中立の幻想を世界中にばらまくアメリカの世界戦略に賛同することは絶対にできない。

我々に妥協は禁物である。人間の知恵を聖書の上に置くような学問を受け入れることは、キリスト教にとって「緩慢な自殺」にほかならない。

戦争を行うときに、自分の兵士を敵に訓練してもらう軍隊があるだろうか。

子供の教育をサタンの手下に任せることは、「第一歩」において決定的な失敗をしている。我々は、教育からヒューマニズムを徹底して排除しなければならない。

 

 

03/04/07

 

 

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