警察や司法は日本を無政府状態にしたいのか?

 

 桶川のストーカー殺人事件の被告に懲役18年の求刑…。

 

 警察だけではなく、裁判所までも犯罪者のかたを持つようになったら、社会はオシマイである。

 

 「我々は、いったい自分の身をどうやったら守れるのか。」国民は次第に心配を募らせている。

 

 アメリカは犯罪者に甘い顔をしたために、夜間、都市は実質的に戒厳令がしかれたような状態になってしまった。夜間に女性がひとりでコンビニに買物に出かけることができるなどということは、アメリカの都市では考えられない。

 

 世の中で犯罪者はごくごく少数である。しかし、このごくごく少数の者の身勝手のために社会全体の自由が大きく阻害される。

 

 例えば、偽500円硬貨をつかって自動販売機から小銭を盗む人間など極めて少数である。100人にも満たないだろう。日本の人口の0.0001%未満である。しかし、この極めて少数の無法者のために全国の自動販売機で500円硬貨が使用できなくなってしまった。0.0001%未満の人間のために全国民が被害を被っている。

 

 犯罪者は少数だから、大目に見てもかまわない、と考えるのは大きな間違いである。

 

 聖書では、罪はイースト菌にたとえられている。イースト菌は、小さなものだが粉全体をふくらませる。小さくても、罪や犯罪は、集団全体に大きな影響を与えるといわれている。

 

「あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。」(1コリント5・6)

 

 社会にとって、犯罪はどんなに数が少なくても大目に見てはならない。犯罪を許したり、犯罪者に寛容な社会の行く末は、自由の喪失である。ダムにとって、どんなに小さな亀裂でも、それは、決壊につながる。

 

 犯罪者に甘い顔をする社会は、けっして寛容な社会ではない。何の落ち度もない善良な市民を計画的に殺した者にあわれみをかける国の行く末は、無政府状態である。

 

 警察も司法も、日本を無政府状態にしたいのだろうか?

 

 

 

 

 




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