カウンセラーを選べ

 

 イエスは、「わたしよりも、肉親を愛する人間はわたしに相応しくない。」と言われた。

 これは、自分が最も気を許している人間から、誘惑が来ることが多いからである。サタンは、自分に敵対する人や、自分が嫌っている人から攻撃するよりも、自分の気を許している人々や、大の親友を使って攻撃することのほうが効果があることを知っている。

 肉親や親友は、自分のことを心から心配してくれる。

 しかし、その心配が御言葉に適ったものであるという保証がどこにもないのであるから、彼らのアドバイスには用心しなければならない。

 例えば、ある人が献身して牧師になろうとすると、必ず彼のことを心配する人々から妨害が入るものだ。

 「献身するよりも、社会に出て牧師に献金できる平信徒になったほうがいいのではないか。」と。

 経済的に試練が襲いやすいプロの牧師になるよりも、経済的に安定している平信徒になったほうが安全なのは、誰の目にも明らかである。

 しかし、もし神の召命があるならば、そのアドバイスは、サタンの誘惑になる。

 ペテロはイエスを愛していた。だから、イエスが「わたしはまもなく祭司長、律法学者たちから捨てられ、殺される。」と述べると、「主よ。そんなことがあってはなりません。」と言った。彼にはまったく悪意はなかった。しかし、イエスは、「下がれ、サタン。あなたは人間のことを思っている。」と退けられた。

 ペテロの考えは、御言葉に基づくものではなく、人間の心配であった。サタンは、人間的な心配をする肉親や友人を通じて働く。

 詩篇第1篇「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず」は、原語の意味から言うと、「悪者のカウンセリングに乗るな」ということを示している。クリスチャンは、誰にカウンセリングを求めるかに注意しなければならない。カウンセラーが、御言葉を重視する人でなければ、それがどんなに優れたカウンセラーであったとしても、用心しなければならない。非聖書的な教えを述べるカウンセラーについて行ってはならない。

それが、たとえ、自分を愛する肉親や友人であってもである。

 

 

 




ツイート