私の背景について

 

今回の献金の要請もあり、また、これから会員制をしくことになるこの際、皆様に私の背景について疑問のある方がおられるかもしれませんので、これまでの個人的な経緯について、一言述べることを御許しくださるよう御願いいたします。

私は、これまで4つの教会に所属してきました。
第一の教会は、澄川聖書バプテスト教会(在札幌)です。ここで、米国宣教師からバプテスマを受けました。
第二の教会は、聖書キリスト教会です。ここで13年間会員でした。ここの教会が主催する神学校を卒業し、2年間牧師をしました。
この教会は、再建主義を受け入れないと公的に宣言しましたので、退会しました。
第三の教会は、三鷹福音教会です。ここで4年間会員でした。福音総合研究所の所員(無給)でもありました。
この教会は、神学的な立場はほとんど同じですが、自分の導きはこの教会の枠にははまらない、どんどんと外にこの考えを伝えるために独立しました。

ここの牧師は、私が独立することを許さず、他の福音教会に加わるように求めてきましたが、御断りしました。なぜならば、まず第一に、福音派では、私の働きはつぶされてしまうからです。第二に、この牧師は、聖書キリスト教会を退会する際に、私が、「福音派を出ること」に不安を述べた際に、「福音派で受け入れられなくてもいいじゃないですか。教えを曲げることのほうが重大な罪です。うちへ来なさい。」と言いました。ですから、この教会を出ても、他の福音派の教会に加わる責任は私にはまったくありません。さらに、彼は、私に対して長い手紙を出し、「他の教会に加わらないならば、教会に戻りなさい。もしあなたが戻ってきても、あなたを牧師として受け入れることはしません。」と言いました。私は、クリスチャンワーカーとしての召命を受けているのですから、ワーカーとして認めない教会に留まることは不可能です。
聖書キリスト教会においても、三鷹福音教会においても、私は「倫理的な問題」はいっさい犯していません。もし疑念があれば、教会に確認していただいてかまいません(その教会の出身者が再建主義MLにもいますのでご確認ください)。

1994年に独立し、それまでも続けていた研究と発表を続行し、K夫妻、I兄弟と共に礼拝を持ち、祈り合ってきました。そして、1996年1月に、寄居キリスト教会の中路登志弘牧師、鳳キリスト教会小林隆利牧師、仙台キリスト栄光教会横山隆牧師の3人から、深谷ルーテル教会役員古澤三千夫氏の立会いのもとで、正式に按手礼を受けて、独立伝道・牧会者として任命されました。
現在は、K夫妻他とともに礼拝、交わり、祈りをもっております。
私は、牧師としてよりも、神学の研究と発表に重荷があり、そのために召されたと思っています。

しかし、前の教会(三鷹)の人々は、手紙やメールでのやりとりにおいて、私が何か勝手なことを自分だけでやっていると言いましたが、もし勝手なことをやっているならば、これらの牧師先生の按手礼は無効であるということになります。彼らは、私を調べ、そして、独立伝道者として認めてくれたのです。私から按手礼をしてくださいと述べたのではなく、横山牧師が、「富井さんは、まだ按手礼を受けていないから独立伝道者として私たちが認めましょう。」と言ってくださったのです。これらの先生方とは、今までずっと交流があります。

しかし、なおも疑念視する前の教会員は、私が、それぞれの牧師の電話番号を教え、直に自分の耳で彼らから聞いてください、と述べたにもかかわらず、調べもせずに、「あなたは、HPに任職されたといっているがそれは嘘だ」と言い張りました。これは、話しても無駄だということで、それ以来、この教会の人々とは連絡しておりません。

彼らは、私の退会を「問題」扱いしていますが、自分たちの教会だけが教会であると考えているならば、傲慢といわねばなりません。

御断りしておきますが、また、繰り返しになりますが、私は、この教会においていかなる不正もいかなる罪も犯しておりません。むしろ、退会当時、この教会のメンバーのうちの約四分の一は、私が再建主義を個人的に伝えたために再建主義者になった人々です。今日彼らは、家族ぐるみで聖書に従って子供の教育(ホームスクーリング)を行い、祝福された歩みをしています。まあ、私は、言ってみれば、この教会において功労者の一人として尊重されてもよいくらいでしょう。

さらに、私は、自分で反省した場合には、自らすすんで牧師にそれを申し出ます。この教会においてもそうでした(しかし、この長老会は、自らすすんで申し出た私を、逆手をとって、いかなる聖書的警告も行わずに、ただちに長老会にかけて、詰問し、紙を渡して反省文を書けと言い、その反省文に書いた内容を読まずに、自分で勝手に解釈した内容を総会で発表しました(私は、「長老の言葉について誤解しました」とは述べたが「長老を中傷した(=つまり虚偽を言って人を貶めた)」ことはありません)。これが愛ある行為でしょうか???)。

人が異なる働きに召されたと自覚し、そして、その働きが、その教会においてはできないと判断し、退会したことが罪なのでしょうか。

その教会の任職を受けない働き人は、いっさい働き人として認められないのでしょうか???

しかし、彼らは、私を問題視しているのです。どういうことでしょうか???

今後、この教会の人々からの情報によって皆様が私に不信感を持たれるかもしれませんので、もしそのような情報が入った場合には、ぜひ私に個人的に直接お問い合わせください。


 

 

02/05/03

 

 

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