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現代の「預言者」について

 

 

@ 現代の「預言者」が新たに聖書を書き足すことは許されるのでしょうか?

 

聖書を書き足すことはできません。

 

聖書は、あくまでも使徒職、すなわち、「キリストの復活の直接の目撃者」(使徒1・22、25)であった人々によって書かれた「証言書」です。

 

キリストは、使徒たちに対して「あなたがたは…わたしの証人となります。」(同8)とはっきりと宣言し、「あなたがたを受け入れる者はわたしを受け入れる者である。」と述べておられます。

 

つまり、聖書は神の「絶対的権威」を帯びており、同時代、もしくは、後の時代のいかなる者もそれに書き加えたり、除いたりすることのできるものではないとはっきりと述べられています。

 

それに対して、パウロが第1コリント14・37において述べている「預言者」の預言は、「吟味」(同14・29)されるべきものです。この「吟味する」と訳されているδιακρινετωσανは「疑う」という意味を持っていますので、彼の預言は「疑われるべきもの」であると考えられています。

 

すなわち、使徒による証言が絶対性を持つのに対して、預言者の預言は聖書によってチェックされるべきもの、相対的なものでしかない、と言われているのです。

 

今日、講壇から語られる牧師のメッセージにしろ、預言者の預言にしろ、使徒的権威を持つ正典としての聖書を動かすものではなく、むしろ、聖書によって厳密にチェックされるべきものなのです。

 

 

 

A 旧約時代にひとつでも間違った預言をした者は偽預言者として死刑にされましたが、現代の「偽預言者」はどのように扱われるのでしょうか?

 

旧約時代において、処刑されるべき偽預言者は、バラムのように明らかに「神の民を神から引き離す目的をもった神の敵」です。

しかし、パウロが第1コリント14・29の「預言者」の預言は、「吟味されるべきもの」とあり、誤りが含まれている可能性をもつものであると定義されているのですから、旧約聖書における預言者の「背教行為」とは一線を画すべきだと考えます。

旧約時代において、処刑されるべき偽預言者といわれている人々は、新約時代において「意図的に神の民を神から引き離そうとする異端者」に当たると思われます。

 

パウロは異端者に対しては、のろいを宣告していますが(ガラテヤ1・8−9)、処刑せよとは言っていません。異端者は、除名せよと命じているだけです(テトス3・10)。

 

 




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