神から自由になれるか?

 

<ご質問>

依存との関係で「神から自由になること」とはどういうことですか??またそれは可能ですか?? あとまた現代の具体例もおねがいします。

 

<お答え>

神から自由になることはできません。

人間が神から自由になったと考えるのは、錯覚に過ぎません。

どのような人でも、神を信じる人も信じない人も、自分が行った行動、言った言葉によって、神の裁きを受けます。裁きとは、祝福と呪いです。善を行う人は祝福されて、悪を行う人は呪われます。短期的、局所的に見れば、悪人でも繁栄するように見えますが、長期的、総合的に見れば、悪を行う人々は、必ず不幸になります。

人間は、神にたえず依存しているので、神の裁きを回避することは誰もできないのです。

例えば、老人の虎の子をだまして奪った豊田商事の永野会長の最後はTVカメラの前での虐殺でした。

公然とキリスト批判をし、天国も地獄もないと歌っていたジョン・レノンは、凶弾に倒れました。

「ただ逆らうことだけを求める悪人には、残忍な使者が送られる。 」(箴言1711)という聖書の言葉どおりです。

普段から好色な趣味を持って、テレクラなどで売春をしている人は、思わぬところから、その秘密が暴露されて、社会的な制裁を受けることがあります。最近、ある判事が少女売春で逮捕されました。

横山ノック元大阪府知事の例もあります。

芸人は、罪を冗談にする傾向があります。横山ノックはよくTVで自分の乱交三昧の生活を吹聴していました。あたかも、それが罪ではないかのように、自慢していました。

しかし、横山ノックも神の支配の下にいて、神にその全存在を依存しており、神の法秩序の中に生きているのですから、神が決定された因果律(善→祝福、悪→呪い)から自由ではないのです。

「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになる」(ガラテヤ67)のです。

ビートたけしも、平気で不倫を吹聴し、実行していましたが、奇妙な交通事故を起こしました。

不倫によって、家庭が崩壊し、自分の人生も家族の生活も目茶目茶になることは、神の呪いがかかるからです。

進化論が正しければ、人間は動物の一種でしかなく、動物のように、人妻とでも女子高生とでもセックスしても、何のおとがめもないはずです。もし神がいなければ、人間は、倫理的な因果律に支配されていないはずですから、不倫をしても後ろ髪を引かれることもないですし、その結果、悲惨を身に帯びることもないはずです。しかし、不倫が支払う代償の高さについては、ほとんどの人が認めています。不倫して何が悪いと開き直っている人は、自分の心に対して無理をしているのです。彼は、自分が行っている行為の是非正邪を知っています。

自分が生涯において行ったことには、死後において、評価が下され、永遠の刑罰―俗に言う地獄―が待っています。

キリスト教とは、この刑罰を避ける道を教えています。それは、キリストを信じることです。信仰によって、人間は、キリストにおいて罪をすべて処理されます。だから、キリストを信じて洗礼を受け、聖餐にあずかる人は死後において裁きを受けることがないのです。

 

01/06/23

 

 

 




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