世間体という名の呪縛

 

昨日は、H氏が連れてきた自殺しかかっているT大生に会ってきました。

清瀬市のとあるファミレスにて…。

もうすぐ卒業なのに、最後の課題(卒論)に手がつかない。
あせるけど、何もできない。
そういう状態で、もうダメだ!となったみたいです。
そこで、「勉強いやなら、やめたらいいじゃない?」と言いました。
いまどき、T大でても、実力なければ、やってけないし。
部屋でひとりでいると、「ダメだ、ダメだ、ダメだ」と沈んでいくらしい。
「就職も決まっているのに。このままだとまた留年だ。そうなれば、まともな人生のコースから落ちこぼれてしまう。」と。

私は、「それはサタンだよ」と言った。
「君は、幼い時から日本教に洗脳されて、これだけが道だ、と教え込まれて、世間体とかからのプレッシャーから、『道から外れたくない』と思っているけど、そのプレッシャーをかけているのは、紛れもなく、サタンなんだよ。
外国に行って、人生にはもっといろんな選択肢があるし、価値観の多様さに気づき、もっと広い考え方を身に付ければ、プレッシャーから就職するのではなく、自分の心の内側から出る意欲によって人生のコースを選択できるようになるから、すべての義務・プレッシャーから離れて放浪の旅でも出れば?」

「サタンですか…。」

「そう。人間は神によって、使命を与えられて生まれてきた。自分にしかできない仕事をするために生まれてきた。だから、価値ある使命を実現するために、向上し、やる気まんまんで、仕事に取り組むように作られているんだ。だから、否定的な感情、落ち込みなどやっている時間はない。しかし、サタンは、そのような人間の使命を邪魔する。そして、落ち込ませて、悩むだけで無為徒食で一生を終わらせるように仕向けているんだ。」

「だけど、なかなか否定的な感情の悪循環から逃れることは難しいです。」

「そうだね。人間は、放っておくと、否定的な気持ちに占領されて、『ダメだ、ダメだ』と落ち込んでいく。だから、無理やりでもいいから、『俺は大丈夫だ。できるんだ。』と思わねばならない。これは、体を鍛えるのと同じだよ。」

「そういう意味では僕は弱いですね」。

「そう、心の筋肉をつける必要があるんだ。君のように成績が優秀で、他人の中で抜きん出ているT大生のような人は、強そうに見えて、実際は弱い。なぜならば、他人との比較の中だけでしか、自分を肯定することができていないから。他人との比較という根拠なしに、自分を肯定する訓練ができていないんだ。しかし、一般社会に出れば、ちょっとやそっとで業績を上げることは難しい。そこで自分の心が試されるんだ。」

「…」。

「君は、周りの人の評価に依存して生きてきた。しかし、それは本当に依存すべき対象ではないんだ。君が人の目、世間体に依存している限り、君の人生は他者によって振り回されることになる。だから、神に頼るべきなんだ。絶対の基準を持てば、人の目に左右されなくてもいい。『人がどう見ようと、神が肯定してくれれば大丈夫。』という自信をつけるよう心を鍛える必要がある。」

「でも、他人に頼る人々の中に生きていれば、なかなかその価値観から抜け出ることは難しいです」。

「そうだね。だから、付き合う人を選ばなければならない。世間体を気にする人と付き合うと、知らず知らずのうちに影響を受ける。だから、世間体とかちっぽけな価値観にとらわれない人々の輪の中に入ってじっくりリハビリをする必要があると思うよ。日本の小さな常識にとらわれない心の広いクリスチャンと付き合うとか、世界旅行でもして、いろんな国の人と話し合い、価値観を広めるのは有効だと思うよ。」

「そうですか。でも僕、勇気ないしなあ。」

「世界がなんなら、日本の中でもいいから、一回、休学して、放浪でもして、素の自分を探してみたら?本当に勉強や就職したいと思ったら、帰ってくればいいじゃない?人生チャンスなんて無数にある。今の狭い価値観の中で、すべてを否定してしまったらもったいないよ。」

この後、風邪を引きそうだったので、私だけ帰宅した。

H氏やK氏がその後話してくれたみたいです。

 

 

02/12/30

 

 

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