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預言ができると主張する教会の問題

 

 預言ができると主張する教会の問題は、聖書を研究する方向に関心が向かないという傾向があることではないかと思う。

 

預言を確実なものとするためには、聖書に対する熱心な取り組みが欠かせない。

 

聖書は、キリストが証人として指定された使徒たちによる、証言書であり、これだけが「神的権威」を持つ不動の基準であるから、聖書によるチェックのない預言を許せば、容易に異端に陥る危険性がある。

 

それゆえ、へりくだって、神が何を言われているかを熱心に求めることがなければ、預言ができるということのために、その教会は、偽預言との区別がつかなくなり、徐々にオカルト的になり、自分たちを神の預言者として誇り高ぶるようになる。

 

そのような事例は数多く見られる。

 

預言を完全否定することも聖書的ではないし、聖書によるチェックのない根拠を失った預言も聖書的ではない。

 

これらのどちらの極端も避けなければならない。 

 

 

 



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