サタンの攻撃

 

 サタンの攻撃として顕著なのは、不信仰でしょう。

 「神は本当にあなたを助けるだろうか。」

 「神を信じて何かよいことがあっただろうか。苦しみばかりじゃないか。」

 「おまえの罪はどうしてもぬぐえないものだ。おまえはもうおしまいだ。」

 

 こういった声とか考えは、油断しているとすーっと入ってきます。

 エペソの6章には、「サタンの放つ火矢」についてしるされていますが、サタンは不信仰の火矢を心に放ってきます。

 

 それを、「信仰の大盾」で防がないと、心の中に刺さり、火はまたたくまに体全体に燃え広がります。

 疑いは疑いを呼び、ついには、絶望に追いやられることがあります。

 

 サタンの願いは、私たちをキリストの手からもぎ取ることです。

 キリストの手からもぎとられると、私たちは、糸の切れた凧のように、空中をあてもなくさまようようになります。

 ふらふらと、自分の柱を失い、確信を奪われ、言い知れぬ恐れに満たされ、人の言葉を異様に恐れるようになります。

 いままでの人生はまったく無駄だったのではないかと考えたりします。

 

 キリストが言われたように、サタンは初めから人殺しなのです。

 彼が望んでいるのは、クリスチャンを殺すことです。

 クリスチャンが自殺しようとすることをサタンは待っているのです。

 

 クリスチャンは、聖霊によって心の掃除をされています。

 ですから、聖霊なしでは、空っぽになります。

 キリストを除いたクリスチャンは、0です。

 信仰を失えば、そのクリスチャンの人生はまったくの空虚になります。

 いや、かえって、悪霊が七つの悪霊をつれて心に入り、私たちの状態はさらに悪くなります。

 

 クリスチャンの生活にとって、最も基本なのは信仰であり、神の言葉を有無を言わず信じることなのです。

 

 キリストは、私たちに「元気を出せ。わたしはすでに世に勝ったのだ。」といわれました。

 

 また、「わたしは、世の終わりまで、あなたがたとともにいる。」といわれました。

 

 この言葉をそのまま信じる以外に、サタンの攻撃に勝つことはできません。

 言い訳をしたり、理屈を言ったりすると、サタンはその不信仰のすきまをついてさらに火矢を放ってきます。

 

 キリストは、ともにいてくださる!

 キリストは、すでに世に勝った、サタンに勝ったのだ!

 キリストは、わたしを守ってくださるのだ!

 

 疑わないで、こう信じつづけることにより、私たちは不安や恐れから解放されます。

 次の御言葉によって何度救われたかわかりません。

 

「何事も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもって捧げる祈りと願いをもって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安があなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって、守ってくれます。」 (ピリピ4・6−7)

 

 



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