スポルジョンと後千年王国説

 

 スポルジョンは後千年王国論者であった。それは、彼が進化論やヒューマニズムに影響を受けたのではなく、ピューリタンの信仰を受け継いだからであった。以下、アイアン・マーレー著『スポルジョン対ハイパー・カルヴィニズム』(*)から引用する。

 

今日妥協するならば、明日その実を刈り取ることになる。しかし、いかに近未来について暗い展望しか持てなかったとしても、それだからといって、聖書が悲観主義にお墨付きを与えている、と彼(スポルジョン)は思わなかった。「キリスト教はその最終ステージを迎えたわけではない。神の御言葉は、再び諸国民の間に爆発的に広がるはずだ。聖霊は、世界中を力と知識のバプテスマで溢れさせることがおできになるのだ。人々は、キリストがもはや墓の中にはいず、宇宙を統べ治める王座の真中に座しておられると信じるようになるだろう」と彼は考えていた。たしかに、彼は、「主が速やかに来られるのでない限り、現在起こっていることは、これから数百年間の世界に影響を与え続けることだろう。」と言うことができたであろう。しかし、彼はそこでは留まらなかった。「わたし個人について言えば、これから五十年間、わたしは犬どもの餌食になるだろう。それくらいの覚悟はできている。しかし、遠い未来になれば、人々はわたしを擁護するために立ち上がってくれるだろう。」(C. H. Spurgeon, An All-Round Ministry, (1900: repr. Banner of Truth, 1960), p. 360.)「もしわたしが最後のピューリタンであると言うならばそれでもよろしい。わたしは、そのように言われることを恥ずかしいこととは思わない。わたしの主は、これまで墓の中に埋もれていた御自身の真理をよみがえらせ、再びそれに日の光を当ててくださるだろう。それは、主が神であるのと同じくらい確実なことなのだ。今日の狂乱騒ぎはじきに終息に向うだろう。」(Metropolitan Tabernacle Pulpit (London: Passmore and Alabaster) vol. 30, p. 680.)と考えていた。スポルジョンの晩年の説教は、聖書の約束に基づく希望に満ち溢れていた。
「この優れた いにしえの教理が一日にして繁栄を回復するとは思えないし、わたしの短い生涯の間にキリストの御国が到来するわけでもない。それでは、わたしはただ座り込んで泣くばかりだということになるのだろうか。いや、わたしは、神の御目的を達成する幾百万もの人々のうちの一人になろう。岩の上に積み重なって成長する珊瑚虫の一匹になろう。やがて、その珊瑚の上には、杉の木や椰子の木が育ち、美しい花を咲かせることだろう…。波の下に隠れて見えなくても、わたしは自分の仕事をしよう。わたしは自分の仕事をして死ぬだろう。そして、他の人も同じようにして自分の仕事を成し遂げて死ぬだろう。しかし、岩は大きくなり、神の御計画は進展するだろう。モーセが祈ったようにこう祈ろう。『あなたの御業をしもべたちに現してください。あなたの栄光をあなたの子らに。』
 主よ。この仕事を我々に与え、そして、我々の子供たちがあなたの栄光を見ることができるように。我々に仕事をなさしめ、我々の子供たちが生き長らえてあなたの栄光を見、未来の世代が勝利を味わうことができるように…。神に栄光があるように。勝利は確かである。その日が来るまで、我々にあなたの仕事をさせてください。」(Ibid., vol. 32, p. 488)

 

(*)Iain H. Murray, Spurgeon v. Hyper-Calvinism, The Banner of Truth Trust, 1995, pp. 26-27.

 

 

 



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