十分の一について

 


<ご質問>
>無断で長期間教会を休む会員や、
>十分の一献金を教会に収めない会員は、
>除名にすべきと考えます。

十分の一献金の一部を他の団体に収めている会員はどうでしょうか。


<お答え>

私は、教会において、長老や牧師を選出し、教会運営に参加する正会員と、礼拝に出
席するだけで教会政治に関わらない準会員とを区別すべきと考えます。

正会員の場合は、十分の一献金を教会にすべきと思います。なぜならば、教会の政治
に関わる人が、十分の一献金を教会にしなければ、財政の部分において教会に対して
責任を持たない人が教会の未来を左右することになり、非常に危険だからです。

たとえば、十分の一献金のうちの80%を他の教会や団体に献金して、20%を自分の教会
に献金するような人は、たとえ、合計額において聖書の基準を満たしているとして
も、自分の教会に対しては責任を持っているとは言えません。そのような人は教会政
治に参加する資格はないといえます。

基本的に、十分の一は、自分の霊的生活をつかさどる人、自分の信仰生活の中心を
担っている団体に対して、捧げるということだと思います。

アブラハムは、自分を祝福するメルキゼデクに戦利品の十分の一を捧げました。イス
ラエルの民は、自分がいつも礼拝をする天幕に十分の一を捧げました。

また、全体として十分の一以下(正確に言えば、今日税金という名の収奪があるので
六分でよいと思いますが)の献金しかしない人は、明らかに神のものを盗んでいるの
で、戒規に値します。

「人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗
んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを
盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。あなたがたはのろ
いを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでい
る。」(マラキ3・8-9)

これは、人間に対する罪ではなく、神ご自身に対する罪なので、きわめて重い罪で
す。

「人がもし、ほかの人に対して罪を犯すと、神がその仲裁をしてくださる。だが、人
が主に対して罪を犯したら、だれが、その者のために仲裁に立とうか。」(1サムエ
ル2・25)

 

 

2003年11月2 日

 

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