なぜ改革派は伝道しなくなったのか?


<hm様>

でも私が所属している教会ではそんなことはなくて牧師先生も「改革派は神様の
恵みに感謝するだけであんまり献金や伝道はしないからねー」みたいなことを
言っていて。証もあんまりしないし。規範は御言葉であり、人の体験ではないと
いうのが改革派の教理というか伝統らしくて。

<tomi>

改革派は、かつては、最も伝道した派でした。それでは、なぜ改革派が今のようになったのか、反省する必要があると思います。http://www.millnm.net/qanda/calvn.htm

伝道は、終末論と非常に深く関係しています。

ルターは世の終わりが近いと述べ、「大宣教命令」は使徒たちによってすでに成就したので、「もはやこの地上から期待するものは何もない。」と語っていました(Helmuth Egelkraut, Die Zukunftsserwartungen der pietistischen V&auml;ter, Theologie und Dienst 53. Brunnen Verlag: Giessen, 1987) p. 11. cited in "William Carey, Postmillennialism and the Theology of World Missions" by Dr. Thomas Schirrmacher)。

ドイツ宣教学の父と言われるギュスタフ・ヴァルネックは、「敬虔派が現われるまで、ルター派の宣教は、その終末論によって妨げられていた。」と述べました(Gustav Warneck, Abri&szlig; einer Geschichte der prtestantischen Missionen von der Reformation bis auf die Gegenwart (Berlin: Martin Warneck, 1899) p. 10-18., cited in "William Carey, Postmillennialism and the Theology of World Missions" by Dr. Thomas Schirrmacher)。

ルター派において、宣教が進んだのは、敬虔主義者フィリップ・ヤコブ・シュペーナーやアウグスト・ヘルマン・フランケらがカルヴァン派のポスト・ミレから大きな影響を受けたからでした。17世紀の敬虔主義ルター派の世界宣教の第一のリバイバルは、シュペーナーのポスト・ミレ信仰に触発されたからです。

シュペーナーは、自分のポスト・ミレの信仰について次のように述べています。

「教皇制とローマのバビロンは、世界の終末の前に完全に打ち倒され、ユダヤ人が神の恵みによって回心に導かれ、神を知る知識が栄光のうちに増し加わり、キリスト教会がますます聖潔と栄光に進み、今の時代に関する他のすべての聖なる約束が成就するということ。私は、これこそヨハネ黙示録の『千年間』が意味するところであると信じるのである。この教えは、しっかりとした聖書的な教えであり、そのほとんどの部分は、昔の教師だけではなく、今日の教師たちによっても信じられているものなのである。」(Philipp Jakob Spener, Theologische Bedencken, 4 Parts in 2 Volumes, Vol. 3, (Halle, Germany: Verlegung des Waysen-Hauses, 1712-1715), pp. 965-966., in ibid.)

彼の影響は、世界宣教という形となって現実化しました。

「シュペーナーの未来へのビジョンは、具体化し始めた。ユダヤ人伝道や異教徒伝道、貧困者やホームレスへの奉仕活動が超教派的に広がり始めた。」(Helmut Egelkraut, Die Zukunftserwartung der pietistischen V&auml;ter, op. cit., p. 29.)

ドイツ敬虔派の第2世代リーダーであるアウグスト・ヘルマン・フランケは、もともと、当時、急進的な霊魂主義の敬虔派教徒でしたが、シュペーナーの影響により、切迫再臨信仰から離れ、ポスト・ミレに変わった人物です。彼は、ロンドンキリスト教宣教協会やボストン在住のカルヴァン主義者コットン・マザーと文通をし、カルヴァン主義ポスト・ミレのグループと交流を保っていました(Iain Murray, The Puritan Hope: Revival and the Interpretation of Prophecy (Edinburgh: Banner of Truth Trust, 1971) p. 93.)。

フリードヘルム・グロスは、シュペーナーやフランケのポスト・ミレがどのようにしてヴルッテンベルク敬虔主義のプレ・ミレに変わったのか経過を詳細に記しています(Friedhelm Groth, Die "Wiederbringung aller Dinge" in w&uuml;rttembergischen Pietismus, Arbeiten zur Geschichte des Pietismus 21 (G&ouml;ttingen, Germany: Vandenhoeck & Ruprecht, 1984).)。


近代の海外宣教の歴史において、宣教の原動力は、カルヴァン派のポスト・ミレ信仰にありました。

近代の海外宣教の前期(クラウス・フィードラーが「古典宣教協会の時代」と呼ぶ時期)は、ほとんどカルヴァン派によって占められていたからである。そもそも、カルヴァン自身が、宗教改革者の中で最初に、海外宣教を唱えた人物として名高く、実際に、1556年に2人の宣教師をブラジルに派遣しているのである(Henry R. Van Til, The Calvinistic Concept of Culture(Grand Rapids, Mich.: Baker Book House, 1959) p. 93; Louis Igou Hodges, Reformed Theology Today (Columbus, GA: Brentwood Christian Press, 1995) pp. 101-104.)。

カルヴァンのポスト・ミレ信仰は、ジュネーブ教理問答の第268-270項において顕著に現われています。

「問:御国の到来のためにあなたはどのように祈るべきか。

答:我々は次のように祈るべきである。すなわち、主が日増しに信じる者の数を増やし、毎日恵みの賜物を彼らの上に注ぎ、ついに、主が彼らを完全に満たしてくださるように。主が、その真理をますます明るく照り輝かせてくださるように。

主が御自身の正義を明らかにし、サタンと彼の国の暗やみを混乱に陥らせ、すべての不義を消し去り、破壊してくださるように、と。

問:このことは今日すでに起こっているのだろうか。

答:しかり。部分的には。しかし、我々は、それがたえず成長しつづけ、発展し、ついには、裁きの日において完成に至るように願わねばならないのである。その日には、神お一人が高き所において支配され、すべての被造物はその威光の前にひれ伏すだろう。彼がすべてにおいてすべてとなられるだろう。(第1コリント15・28)」

マウルス・ガルムは、現代のプロテスタント世界宣教運動は、オランダのカルヴァン主義者から始まったと述べています。  ドルト会議の主要なメンバーであった、ギズベルト・ヴォエティウス(1589-1656)は、カルヴァン派正統主義と、改革派敬虔主義の宣教活動には密接なつながりがあると述べ、宣教学に関する著作を出しました。 

さらに、宣教のスピリットは、17世紀から19世紀にかけての初期のプロテスタント宣教会に受け継がれました。1649年の「ニューイングランド協会」、1762年の「北米インディアンキリスト教布教協会」、1787年「北米インディアン等福音宣教協会」、1787年「異教徒福音宣教協会」、1792年「バプテスト宣教会」、1795年「ロンドン宣教会」、1799年「教会宣教会」、さらに、1796年以降出来た初期アメリカの諸宣教会など、近代の世界宣教のパイオニアはみなカルヴァン主義ポスト・ミレに立っています。

第一次大戦まで、人々を宣教に駆り立てた主要な動因は、カルヴァン主義のポスト・ミレ信仰でした(W. O. Carver, "The Missionary Consummation-Prophecy of Missions," Mission in the Plan of the Ages (New York: Revell, 1909) pp. 213-282.)。ジョン・ジェファーソン・デイヴィスは、「現在、保守派の間においてほとんど忘れ去られているポスト・ミレが19世紀の大部分において主要な千年王国説であったという事実に私は衝撃を受けたのである」と述べた(John Jefferson Davis, Christ's Victorious Kingdom: Postmillennialism Reconsidered (Grand Rapids: Baker Book House, 1986) p. 7, 10.)。

このように、人々を宣教に駆り立てるのは、未来に対する明るい展望であり、この地上をキリストの御国に変えることができるという信念であることが分かります。

残念ながら、現在の改革派は、「オランダ改革主義無千年王国論者」の影響を強力に受けています。

アメリカの改革派の中心である諸神学校も、この「ダッチ・インベイジョン」に侵され、ポスト・ミレを捨ててしまいました。

オランダ系改革主義神学者の代表である、ゲルハルダス・ヴォスとその弟子ヴァン・ティルが、無千年王国説であり、「歴史において善も悪もどちらも成長し、善が勝つとは限らない」と唱えはじめてから、米国ピューリタン系神学者メイチェンやウォーフィールドのポスト・ミレの影響が弱くなりました。

今の「冷たい正統主義」の傾向を改革派が自己分析して、反省しない限り、改革派の勢力は衰退すると思います。

事実、今世界で繁栄しているのは、ペンテコステ派であり、残念ながら、この立場が正統的な聖書信仰に立っていない(ディスペンセーショナリズムなので)ということもあって、キリスト教の影響はそれほど世界を変えているとはいえないのです。

 

 

2004年3月2日

 

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