聖書の著者は使徒であるか

 


> もう一つ質問させてもらってもよろしいですか?

どうぞ、ご遠慮なく。

>  この間読んだスヌーピーの聖書物語とかいう本に新約聖書の
> 著者は誰だかわからないと書いてあったので、少し混乱した気
> 持ちになりました。
>  調べたり、聞いたりしたところ、そういう情報が流れた為に
> 多くの人が信仰を失ったそうです。しかし、今ではちゃんとイ
> エス様の弟子が書いたとわかっているそうです。
>
>  私はこの情報も高等批評の影響なのではないかと思ったので
> すが、新約聖書の著者の件では、どういう信仰をもてばよいの
> か、聖書に書いてある通りの人が本当に書いたのか教えてくだ
> さい。

(1)
旧約聖書の律法では、「2人または3人の証言があれば正しいとせよ」とあります。
イエスさまは、この律法の基準を尊重して、奇跡を行う時などに、必ず2,3人の弟子
を連れて行きました。証言させるためです。

そして、弟子達は、自分達が見たことを証言するために、聖書を著しました。

彼らは使徒と呼ばれ、イエスの証言者として活動し、一人欠員が出たときには、イエ
スの御業の直接の目撃者の中から選びました。

「すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日ま
での間、いつも私たちと行動をともにした者の中から、だれかひとりが、私たちとと
もにイエスの復活の証人とならなければなりません。」(使徒1・22)

後世の教会は、正典を選ぶ際に基準としたのは、「この書物は使徒の著作か?」とい
う点にありました。

聖書は、それゆえに、イエス・キリストがじきじきに任命された証言者による証言な
ので、「絶対の価値」を持っており、「聖書にも誤りがある」と言う人は、神の証言
に対してノーと言う人であり、最大の罪を犯しています。

(2)
聖書の各書が本当に著者として記されているとおりなのか、それとも、著者を偽って
書かれたのか、という問題ですが、大体の書には、著者名が記されており、使徒が書
いたことが明示されています。

しかし、「それは偽の人物が使徒を名乗って書いたのだ」と言われるかもしれませ
ん。

それに対して、私は、

1.神は教会に対して真理を知らせるために、正典の選択、編纂においても、完全な
導きをされ、編纂者に正しい選択をさせた。

2.もし神がそのような導きをされなければ、真理を判定する基準そのものに誤りが
あるということになり、そのような偽りの基準を2000年もの間許容された、というこ
とは、真実と愛の神の性質に違反する。

という理由のゆえに、聖書各書の著者は、その中に記されている著者であると考えま
す。

 

 

2003年11月06日

 

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