救世軍山谷大尉の再建主義論に反論する30

 


<Y>

>再建主義も、このような自由の拡大は、「地を従えよ」との
>命令の実現であると考えます。
>人間は、神によって平等に造られたのだから、社会的な規制
>によって人々から自由を奪うべきではない、と考えます。

奴隷解放が、聖書に明確に指示されていないとしても、新経綸の下における自由の拡大として、奴隷解放は正しいことだ
とされるのであれば、女性解放も、聖書に明確に指示されていないとしても、新経綸の下における自由の拡大として、女性解放は正しいことだとされるのではありませんか?


<T>

まだ誤解していますね。
我々が、女性解放を否定しているなんて言っていないでしょう?どこで言いましたか?
現在のウーマン・リブ運動などが主張する女性解放は、解放ではないのです。
神が定められた男女の権威差を認めることは、かえって女性を解放することになるのです。
我々の目の水準で見るのではなく、神の目の水準で見るべきです。

女性が教会の中で実権を握ると悲劇が起こるという体験をしたことがありますか?

縁側で花火をしている時に、2,3歳の幼い子供に「おまえを自由人として扱う」と言って、花火を持たせたり、火をつけさせたりしますか?

神が女性に「ここにいなさい」と言われたら、そこにいるのが一番なのです。

我々は、女性だけではなく、みな、神の配慮の律法に従う時に、守られるし、また、かえって自由を与えられる。

神の法とは、交通規則のようなもので、「赤信号では交差点侵入禁止」「信号を守り、交通規則を守る限りにおいてどこにでもいつでも出かけてよろしい」というようなものです。

「おれは自由が欲しいんだ!」と叫んで、赤信号で進み、交通規則を無視して走れば、自分も他人も傷つけて、不自由になるのです。

ある製品を買った時に、一番頼りにするのは、その会社が出した取り扱い説明書です。

この世界は神の創造なので、神様の取り扱い説明書である聖書に従うのがベストなのです。

 

 

2004年1月9日

 

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