侵略戦争を抑止できないキリスト教は捨てられる 2

 


<ストレイ・シープ様>

>世俗的民主主義国家であるアメリカでは、自由を重んじますの
>で、上記のような考え方が広く一般に受け入れられるわけは、当
>然ありません。今後アメリカで再建主義が支配的思潮になるとは
>とても考えにくいのです。

これは改めて読みますと、結局のところ、世の基準が聖書的ではないから、再建主義は広まらないと言っているわけですね。この山谷大尉(それにしても大げさな称号だこと^^)は基準点を世においているわけです。すると大尉殿が認める「世に広まる支配的思潮」とはどんなものになるのでしょう。

やっぱ、おかしいわ、このヒト。ICFでもやたらと「ハリーポッター」の作者ローリングを美化賞賛し、いわゆる陰謀論を唱える人々をコケにしておりましたが、この大尉の経歴を読むと、元々オカルト少年だったようですから、その傾向が抜けていないのかも知れません。

先のディスペンの先生のサイトに次のような発言がありました。これもすでに敗北宣言をしてしまっていますね。

http://home.att.ne.jp/gamma/logos/kiyotae/kiyo2/03_0124.html
http://home.att.ne.jp/gamma/logos/kiyotae/kiyo2/03_0330.html


<tomi>

そのとおりですね。
基準点を世において悲観するというのは、ディスペンセーショナリズムの「非信仰的現実主義」です。

「神の力よりも世の力のほうが強い。神の力が勝利するなんて楽観主義だ」と、戦う前から諦めている。

引用してくださった文章も、論理的におかしい。

街頭行進をして「平和を!」と叫ぶよりも、再臨を待ち望むほうが「真の平和」を望んでいることになる。クリスチャンは、戦争を世の終わりの「前兆」と考えて、この「真の平和」を待ち望むべきだ、というものではないでしょうか?

これって、結局、平和運動をしている人々に「預言の成就を邪魔するな」と言っているんでしょう。

ん〜、相当、オカシイわ。

 

 

2004年1月3日

 

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