聖書は酒を全面否定しているか?

 

聖書は、酒について全面拒否してはおらず、非難しているのは、「酩酊」です。

「酒に酔ってはならない」というのは、「酒にコントロールされてはならない」というこ
とと同義です。
つまり、ぐでんぐでんに酔っ払って、我を失う状態を禁止しているのです。

私たちが、ナイターやサッカーの日本代表試合などがあるときに、イカピー片手に
ビールを飲みながらというのも罪だとなると、多くの日本人にとって「キリスト教は
堅いからなあ」という評価を受けてしまい、無用の壁を作ってしまうと思います。か
つて隠れキリシタンが住んでいた長崎県のある島の葬式の様子を見て、感動したの
は、姿かたちは日本人ですが、儀式がキリスト教でありながら、テーブルにビールが
並んでいたことでした。将来、日本がキリスト教文化圏に入り、日本のいたるところ
においてキリストの福音が溢れる状態になるためには、酒を徹底禁止することは現実
的ではないと思います。

世界でも、キリスト教文化が根付いている場所において、酒を徹底排除する地域はむ
しろ少数派だと思います。

カトリックも正教会もルター派もカルヴァン派も酒を徹底拒否はしていません。

ピューリタンが禁酒禁煙の根源だと言う人がいますが、カルヴァン自身が給料をワイ
ンでもらい、クラーク博士はワインを好んだと言われています。

アメリカの20世紀初頭の禁酒法は、アメリカにかえってマフィアを栄えさせ、それゆ
え、「クリスチャンが政治をやるとだめだ」という定評がついたとゲイリー・ノースが
言っていますが、完全禁酒という今のキリスト教の傾向は、諸国民の弟子化にはマイ
ナスの効果があると思います。



 

 

2003年05月14日

 

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