灯火管制しても無駄である

 

ソ連で生活した時(1982-83年)に、盗聴や尾行を体験した。

入国する際に、入国管理官が、手荷物検査の際に、私の荷物の中にロシア語の聖書を見つけると、その他にも何か思想的な書物がないかと、私だけ念入りにチェックした。上級検査官も出てきて、何の目的で訪ソしたのか、どこに行くのかなどと尋ねた。

驚いたことに、翌日、ソ連邦高等教育省を表敬訪問した際に、ふと門の脇を見ると、あの昨日の上級検査官が身を半分隠しながらこちらを監視していた。

その後、一年間の滞在中、私の電話だけが途中で音量が微妙に下がり、雑音が入って盗聴されているのは明らかだった。

ソ連邦では、聖書を配布したり、キリスト教の文書を渡すことは堅く禁じられていた。信教の自由とは名ばかりで、実際は厳しい制限があった。スターリンの時代には、信仰を伝えたために殺された人もいた。

なぜ政府は、一般の人々に自由に情報を入手することを禁止したかったのだろう。それは、自信がないからである。

自分達の体制や活動が、もろく崩れやすいからである。無理なことを信じて行っているので、強制と暴力以外に自分を守る方法がないからである。真理であれば、堂々と議論に出ることができるだろうし、反対者に対して泰然と接することができるはずである。

ディスペンセーショナリズムの神学校では、学生達は、厳しい読書制限を課せられている。再建主義者レイ・サットン博士は、1970年代中頃にダラス神学校の学生だった。彼は、教授たちから繰り返し繰り返し「あの本は読むな」と言われた。その禁書目録にあった本の大多数は、カルヴァン主義者の著作であった。そう言われると、きまってサットンは図書館に行き、これらを読んだ。優秀な学生は、みな同じことをした。3年生になるころには、彼はカルビニストになっていた。彼の学友達の多くも同じであった。

ある思想の指導者が「あの本は読むな」と言いはじめるなら、その思想はほとんど死にかけているのである。サットンは、卒業後、『あなたが繁栄するために:契約による支配』という本を著した。これは、旧約聖書の契約モデルが、新約聖書にも適用できることを論証した画期的な著作である。旧約聖書と新約聖書の間に決定的な断絶を置くディスペンセーショナリズムに対する究極の挑戦状である。

1960年代に3大ディスペンセーション主義神学校と呼ばれたものの中で今でもかろうじて唯一残っているダラス神学校の卒業生がこのような本を著したという事は、この学校が直面している問題の深刻さを浮き彫りにしている。サットンの本に対してダラス神学校はどのような反応を示したのだろうか?沈黙である。恐らく、教師たちは、昔ながらの戦略:灯火管制を強いているのだろう。「あの本は読むな」と言って。


 

 

2003年08月10日

 

 ホーム

ツイート

 

millnm@path.ne.jp