箱舟が象徴する新世界2


イエス・キリストが昇天されたことは、玉座に座ったことも意味する。

天を表す箱舟の3階は、幕屋の至聖所と対応するからである。

至聖所とは、神の統治の座である。

「わたしはそこであなたと会見し、その『贖いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう。」(出エジプト記25・22)

神は、2人の天使の間にある玉座に座り、そこから命令を発しておられるということが、至聖所にあるこの契約の箱の象徴から分かる。

それゆえ、クリスチャンが、至聖所に入ることができるということは、クリスチャンも王になったということを意味する。

パウロは、クリスチャンも王であると述べている。

「しかし、あわれみ豊かな神は、・・・キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。」(エペソ2・4-6)

十字架の際に、至聖所の垂れ幕が真っ二つに裂けたことは、クリスチャンが自由に至聖所に出入りすることができることを象徴している。

これは、単に神との間に敵意の隔てが取り去られたことを意味するだけではなく、クリスチャンも裁きの座に座ることを許されたということを意味しているのである。

我々は、すでに世界の王である。

礼拝や祈りの時に、我々は昇天する。神の至聖所に入る。

それは、単に霊的な恵みを受けることだけではなく、我々が世界を動かす立場に立つことを意味しているのである。

だから、礼拝や祈りは世界を動かす力があるのだ。

我々は、悪霊すらも支配する者である。

「私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。」(1コリント6・3)

クリスチャンが肉体を脱ぎ去って天に移る時に、この王権は完成する。

この世における王権は暫定的で不完全なものである。

しかし、天に移動し、まことの至聖所に入る時に、王権は完全なものになる。

クリスチャンはキリストとともに完全な支配者になる。

 

 

2004年7月24日

 

ツイート



 ホーム

 



millnm@path.ne.jp