再建主義の宗教右派指導者への影響8


現代アメリカにおける、クリスチャンの政治活動を理解するには、ファンダメンタリストが信じている終末論について知らなければならない。Glenn Schererはこう述べる。

http://www.grist.org/news/maindish/2004/10/27/scherer-christian/

「その基底に存在し、それを動かしている複雑な信仰体系を理解せずにこの問題を理解することは難しい。終末論には多種多様な立場があるが、政治に対して最も影響力のある立場は、ディスペンセーショナリズムと再建主義である。…

アメリカに2000局あるクリスチャンのラジオ局のいずれかにチャンネルを合わせてみてほしい。きっとディスペンセーショナリズムの終末論を聞くことができるだろう。この終末論は、19世紀のアイルランド系英国人神学者ジョン・ネルソン・ダービーによって創始された。

ディスペンセーショナリストは、聖書の『文字通りの』解釈を主張し、聖書は、迫り来る世界の終末に関するタイムテーブルを提供していると考える。(多くの主流派の神学者は、このような文字通りの解釈に異議を唱えている。ダービーは聖書の言葉を間違って解釈し、歪めているという。)

クリスチャンは、このタイムテーブルを現在の出来事に結び付ける。4回のハリケーンがフロリダを襲ったこと、サンフランシスコにおける同性愛者の結婚、911事件は、世界が制御不能の状態に陥っていること、そして、現代人が、ディスペンセーショナリストの著者ハル・リンゼイの言う『最後の世代』であるということを証明した、という。

現代の社会的・環境的危機は、携挙の前兆であり、その時になると、本当に生まれ変わっているクリスチャンは、死んだ者も生きている者も、天に携え挙げられる。

ディスペンセーショナリストの牧師ジョン・ヘイギー(テキサス州サンアントニオ市コーナーストーン教会)は『世界中の墓が開いて、中にいる人々が天に向かって舞い上がるだろう』という。

『この携挙の出来事の直後に、地上に取り残されたノンクリスチャンは大患難時代という言語に絶する苦難の時期を7年間耐え忍ばなければならないだろう。この時代の絶頂期に、反キリストが登場し、神とサタンとの間に最終戦争であるハルマゲドンの戦いが起こるだろう。この戦いに勝利したキリストは、すべてのノンクリスチャンを地獄の火の池に投げ込み、地球を再び緑溢れる星に作り変え、クリスチャンとともに地上を平和に千年間治めるだろう。』」

しかし、ファンダメンタリストには、別の終末論の立場もある。

「ディスペンセーショナリストは、終末論に関して唯一の立場ではない。再建主義者(統治主義者とも呼ばれる)は、小さいが、政治的に大きな影響力を持つ教派であり、主の再臨は聖書預言に基づいて起こるのではなく、政治的な活動に基づいて起こるとする。彼らは、キリストが再臨するには、世界において彼を迎える準備が十分に整っていなければならない。準備不足のままではキリストは再臨されない。この準備の中で最初に行わなければならないのは、アメリカをキリスト教化することである、と述べる。」

ここで、Glenn Schererは、反再建主義者がよく犯す典型的な誤謬に陥っている。

再建主義者は、「キリストをお迎えするのに、最初に行わなければならないことは、アメリカをキリスト教化することである」などと述べていない。

まず最初にしなければならないのは、「アメリカ人に伝道して、魂の生まれ変わりを体験させること」である。

キリストが「すべての国民を弟子としなさい。バプテスマを授け、私が命令したすべてのことを守るように教えなさい」と言われたとおりのことをすべきだと述べるに留まる。

我々が目指しているのは、弟子作りである。弟子作りの内容とは、バプテスマを授け、キリストの命令を守るように教えることである。

このキリストの命令とは、「どんなことでも神の栄光のためにしなさい」との聖書の本質的命令と調和しているわけであるから、生活のあらゆる領域を神中心に行うことを意味する。

教会生活、家庭生活、経済生活、そして、政治生活も含まれるのである。

たしかに、再建主義者ジョージ・グラントは、「クリスチャンの政治活動の主要な目的は、土地、人々、家族、組織、官僚制度、裁判所、政府をキリストの御国のために勝ち取ることにある」と述べた。

これは過激派の武力革命を連想させる言葉であることはたしかだ。

しかし、再建主義者は、これらのものを武力や暴力で獲得することを目指しているのではなく、人々の心が神と和解し、彼らが自ら進んですべてのことを神のために行うように導こうとしているということなのだ。

聖書の基本は、「義」と「愛」である。これらはどちらも欠くことができない。義のために愛を犠牲にしたり、愛のために義を犠牲にしたりすることは、聖書の教えではない。

「神の御国が来ることは御心なのだから、戦争によって相手の国を強制的にキリスト教化しよう」という人は「愛を犠牲にしている」のである。

聖書は、強制的手段ではなく、奉仕的手段を教えている。

奉仕的手段とは、「仕える者が支配する」というヨセフの原理から来ている。

ヨセフは、上司に忠実に仕えた。そのため、徐々に出世して、エジプトの第2の権力を手にした。

これが、これだけが、聖書的権力獲得法である。ビジネスの世界、市場において「顧客によりよく仕えることのできる者が勝利し、支配する」というサーバント・リーダーシップの原理が働いている。

再建主義者の主張は、この原理によって世界に神の国を広めようということなのだ。

だから、我々は「まず再生!」をモットーとしている。まず、人々が神の愛を受け入れて、すすんで神に服従するようになれるよう指導することを目指しているのだ。

 

 

2005年12月9日

 

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