登校拒否児は社会にとって貴重な存在だ


我々は、学校教育というものを「前提」として受け入れている。

しかし、学校教育とは歴史的にみてけっして「前提」ではない。

むしろ、教育は家庭で行われてきた。

日本には寺子屋があったが、それにしても、親の主権のもと、親が寺子屋を選択して子供を送った。つまり、基本として家庭教育の一部だった。

しかし、現在の学校教育は、親の選択権外にある。

教える内容も、国によって管理されている。

なぜ国は、本来家庭に与えられた教育権を侵害したがるのだろうか。

それは「情報統制」したいからだ。

国民を一律国家にとって都合のよい人間に仕立て上げるためだ。

国に主権と富を集中し、国民を奴隷化することこそ学校教育の隠れた意図である。

50%の納税、70%の相続税により搾取され、徴兵によって侵略戦争に駆り立てられても文句を言わない人間を作るためだ。

こんな奴隷養成所に適合できなくても、自分に問題があるわけではないから、登校拒否生徒は自己卑下しないで欲しい。

比較的カリキュラムが自由な大学で教育を受ければよい。それまでは自分の自宅で自学自習して実力をつけて欲しい。

社会に出てからもう一度学びなおしたっていい。

もし日本で自分の可能性が生かせないなら、外国で働いたっていいではないか。

登校拒否生徒は、このいびつな人造教育に反抗し、日本人に真実を目覚めさせるきっかけを与えてくれる貴重な存在だ。

 

 

2007年8月31日

 

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