聖書的なことをしている人間や団体を攻撃してはならない


昔から議論やメールのやりとり、実生活での交流などで、めちゃくちゃなことを言って我を通し横車を押す人や集団にはろくなことが起こらなかった。

たとえば、ユーチューブで日本のことをぼろくそ言って、嘘八百を並べて訴える中国人とやりとりした。

しばらく後にたまたま別の動画のBBSで彼のハンドルを見たら、とても弱気になっており「もう生きる気がなくなりました。これから自殺します。」と書いてあった。

40年も続いたある教会が私に妙な言いがかりをつけて糾弾し、免職にしようとしたが、こちらはあくまでも真実を述べているので対抗できなかった。その直後に、別の事件で自ら墓穴を掘り、40年かけて集まった信者が四散した。

横車を押すとは恐ろしいことだ。

その人や組織の最後が近いことを示している。

我々は自分が対応している相手が理にかなったことを述べているかどうか精査すべきだ。

相手に何かスケベ根性があれば別だ。

たとえば、「金儲けをしたい」という隠れた野心があって、それに基づいてこちらと対していたならば、恐れるに足りない。

しかし、無心であり、ただ正しいものを追求しているならば我々は恐れなければならない。

神がバックについておられるからだ。

我々は相手を攻撃しているのではなく、その背後の神を攻撃することになる。

しかも相手がクリスチャンであり、御言葉を用いて議論している場合には相当用心すべきだ。

なぜならば「御言葉は剣だから」。

聖書では、御言葉は両刃の剣である。

あらゆるものを切り裂く剣だ。

だから、御言葉をまっすぐに説いている人間を中傷によって貶めたり、迫害してはならない。

必ず自分を傷つけることになる。

たとえ相手が自分を攻撃しなくても、必ず傷を受ける。

相手が発する聖書の言葉が、自分を切り裂く。

聖書的なことをしている人間や団体を攻撃してはならない。

 

 

2009年10月9日

 

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