再建主義批判のサイト(米)への応答2


<RNCI>
セオノミーには、神の法(そして、とくに聖書律法)を生活のあらゆる領域に適用することが含まれている。さらに、信仰と恵みによる救済では足りず、その欠けた部分を補足するものとして、神の法全体(旧約聖書の市民律法を含む)に頼らなければならない。ラッシュドゥーニーの追従者の中には、「再建主義者」と呼ばれることを好む者がいる。なぜならば、この言葉は、人生に対する彼らの積極的な姿を表しているからと。実際、彼らの未来観は、ポスト・ミレと呼ぶことができる。なぜならば、彼らは「福音を忠実に説き、神の法を社会に忠実に適用することによって、神の王国は最終的にこの地上に打ち立てられる」と信じる傾向にあるからである。結果は、キリスト教文明とイエス・キリストの千年支配である。(出典: William Edgar, "The Passing of R.J. Rushdoony," First Things, August/September 2001, pp. 24-25.)

<tomi>
「さらに、信仰と恵みによる救済では足りず、その欠けた部分を補足するものとして、神の法全体(旧約聖書の市民律法を含む)に頼らなければならない」なんて誰も言っていない。

もし、このようなことを述べたとすれば、その人間は異端である。救いは、「信仰と恵み」のみによる。再建主義者のリーダーたちは、カルヴァン主義者であり、カルヴァン主義の主要教理をそのまま受け継いでいる。だから、カルヴァン主義の基本教理である「信仰のみによる救い」から外れる者は一人もいない。

神の法は、救いへの補足ではない。神の法は、信仰によって救われた者が神に喜ばれる生活をするために守るべき生活指針である。イエス・キリストが神の法をすべて守ってくれたので、我々はそれを守らなくても救いからもれることはなくなった。

我々の律法観は、正統的なカルヴァン派のそれとまったく同じである。

 

 

2006年2月21日

 

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