フェニキア人と古代ユダヤ人


古代において、世界の様々な地域は貿易によって互いに関わりあっていた。

それは、列王記にソロモン王が世界から特産品を集めたという記録があることから明らかである。

「王は海に、ヒラムの船団のほか、タルシシュの船団を持っており、三年に一度、タルシシュの船団が金、銀、象牙、さる、くじゃくを運んで来たからである。…全世界の者は、…ソロモンに謁見を求めた。」(1列王記10・23)

ここで「くじゃく」とあるが、くじゃくはインドやスリランカ、ミャンマーが原産国であるから(http://encyclopedia.thefreedictionary.com/peacock)、もしこの当時くじゃくの取引が他の地域との間に行われていなかったとしたら、ソロモンの船団がこれらの国々に来ていたことになる。

たとえくじゃくがそれ以前に取引されていたとしても、すでに古代において世界貿易があったことが明らかになるのだから、古代の世界を閉じられた世界と見る議論に正当性はなくなるのである。

セム族に属するフェニキア人は紀元前1000年以前から世界を航海し、貿易に携わっていた古代の商業民族である。後にハム族と混血して黒人の血が入ったが皮膚はかなり白かったらしい。イスラエル人がパレスチナに入植してから、主にダン族とゼブルン族がフェニキア人とともに世界航海に乗り出し、イギリスやスペイン、ポルトガルに植民地を作った。

彼らは、入植地に入ると、巨石建造物を築いた。ヨーロッパ大陸やイギリスに残る巨石遺構はその名残である。近年、オーストラリアで古代フェニキア人の遺構が発見された。恐らく、日本各地に残る巨石遺構、ストーン・サークルは彼らの手によるのであろう。
http://www.ensignmessage.com/archives/mariners.html

聖書によれば、アブラハムは到着した場所でまず石を積み上げて祭壇を築いて礼拝したという。巨石遺構は古代フェニキア人とユダヤ人の礼拝場所だったのではないだろうか。

日本で鳳凰と呼ばれる鳥は英語でフェニックスであるが、これはフェニキアが語源である。神輿の上につけられた鳳凰にフェニキア文化の名残を見ることができるだろう。九州にフェニキア起源と呼ばれる地名があると言われている。

 

 

2004年4月16日

 

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