フルプレテリズムは異端以外の何物でもない


私が、むやみに理由もなく他者に異端のレッテルを貼っていじめていると考えているフルプレテリズムを主張するすべてのクリスチャン諸君!

もし紀元70年に黙示録全体が成就したとするフルプレテリズムによれば、以下の疑問にどのような回答が用意できるのだろうか?

1.大宣教命令

大宣教命令はすでに紀元70年に成就してしまっているのだから、クリスチャンに宣教を励ます指針はもはやまったく存在しないということになる。

今教会には伝道や宣教に関してどのような目標が与えられているのかね?

2.悪霊

紀元70年に再臨も終わり、新天新地が完全に到来しているのであれば、サタンも悪霊も火の池に完全に投げ込まれてしまっているわけだ。

エペソ6章の「霊的戦い」も、過去の出来事であり、現在新天新地の理想郷に住む我々にとってはまったく無意味なお勧めでしかないわけだろう。

しかし、今の世界において、サタンが活動していないなんて一体誰が信じるかね?

3.律法

フルプレテリズムは、紀元70年に古い天と古い地が完全に滅んでしまったので、律法の一点一画も廃れてしまったという。

しかも、フルプレテリストは、律法が廃れてしまったので、もはや人間を攻め立てるおきては存在せず、それゆえ人間は無罪化されたという。

では、紀元70年以降に生きる我々人類にとってイエス・キリストの十字架とはいかなる意味があるのかね。

律法ののろいを身代わりに受けてくださったので、我々クリスチャンはイエス・キリストをあがめているわけだ。

しかし、フルプレテリズムは、その信仰の根本原理は、紀元70年を境に変わったという。

その時点でもはや律法が無効化したというならば、人間は誰からも責められなるわけで、それゆえ、イエス・キリストの犠牲も必要ないということになる。

これが異端でなくて何だろうか?

読者のみなさん、いかがですか?

これでも私は「だれかれとなく異端のレッテルを貼って自分だけを正しいとしている」のでしょうか?

 

 

2006年9月24日

 

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