教会活動はビジネスではない


「再建主義は忘れ去られるだろう」という人がいるが、再建主義という名前などどうでもよいのである。この運動が世界を席巻するとか、そんなことはラッシュドゥーニーも、誰も期待していない。

だから、再建主義者はこの運動の名前を売るために何かしたり、また、運動のリーダーたちは教祖のようになって売込みをするなんてことはまったくしない。

私も同じである。私個人を売り出すつもりも、再建主義という名前を売り出すつもりもまったくない。消え去ってもらってけっこうである。

再建主義は、最後の審判を信じる。だから、キリストの御座の前で自分の人生に対してどのような審判が下るかに意識を集中しているのだ。

この人生で名前が売れただの、金が集まるだの、大ムーブメントになるだの、そんなことは、最後の審判において無である。

問題は、「御心の成就」なのだ。評価はこの基準だけで行われる。

「神の御心を行ったのか?」ただそれだけだ。

しかし、私の経験から見ると、どうも今キリスト教界で活躍している教師なり牧師なり伝道師というのは、「御心」なんてどうでもいいように見えるのだ。

もし御心を重視するならば、自分の教勢や覇権などどうでもいいことではないか。

要は、神への愛なのだ。自分を売り込み、神を売り込むことを忘れたキリスト教が強くなるはずがない。

ラッシュドゥーニーやゲイリー・ノースの思想は、全世界のキリスト教に隠然と影響を与えている。人々はラッシュドゥーニーやゲイリー・ノースの名前を出したがらない。フランシス・シェーファーも、一度も出さなかった。しかし、彼はラッシュドゥーニーから影響を濃厚に受けている。

ラッシュドゥーニーやゲイリー・ノースは、それでもいいと考えている。ゲイリー・ノースなどは、自分の会社が出した著書をただでインターネット上に載せている。自由にダウンロードできるようになっている。

私も、このHPの文章について、転載も引用も一切制限をつけていない。

生活するために献金は募っているが、しかし、もし自分の仕事で完全自活できるなら、何もしなくてよい。金儲けのために生きているわけではないから。

実際、ラッシュドゥーニーもゲイリー・ノースも、この思想にまとめるのに血を吐く努力をしただろう。しかし、その結果から利益を得ようと思っていない。

最後の審判に集中したからだ。

すぐれたよみがえりを得るために何をすべきかに集中したからだ。この世界で報いを得ようとなど考えていなかったからだ。

新興宗教はそんなことはしない。なぜならば、彼らは現世ご利益で人を集めようとしているからだ。ビジネスなのだ。この世界で利益が出なかったら何の意味があるのか、と考えているから。

私は、信徒が離れていこうが、どこに消えていこうが関心がない。それは、神の領域に属することだ。自分が真理を伝えていて、それにつまづいたならば、それは、その人と神との問題であって、私の問題ではない。

これはビジネスではない。献金額が減るから会員を繋ぎ止めるとか、そんなことを考えるくらいなら、他の商売をしたほうがよい。

 

 

2004年7月4日

 

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