この世だけだと考えることの恐ろしさ


このfmsさんの意見を読んで、私は非常に人間というのは不思議な生き物だと思った。

突然、それまで普通に理性的な会話をしていた人がまったく理不尽なことを言い出す。気でも狂ったのか、というレベルの話だ。

もし徹頭徹尾この地上で報いというものがあるとすれば、殉教者というのは一番の大ばか者である。

善人が必ずしも幸せな人生を送ることができるわけではなく、悪人が必ずしも不幸な人生を送るわけでもないことは、聖書を読むまでもなく、われわれの周りを見れば経験則としてわかることだ。

もしこのような不条理がなければ、人間はものを考えなくなる。そして、神は「ご自身を隠す神」ではないということになるのだ。

神は単純な図式を現実の世界において示されない。現実の世界は非常に複雑である。だから、われわれは神を求めるのだ。

善を行って苦しむことがなければ、人間は神を馬鹿にするだろう。そして、人生をなめるだろう。

神は善を行うものに苦しみを与えることによって、人生の厳粛さを教えられるのだ。

また、もし因果律がこの世界で完結するならば、つまり、善を行った報いというものが完全にこの世界の中だけで終了し、次の世界に持ち越されることがなければ、人間はこの世界に惑溺する。

人間は来世について考えなくなる。

これは大きな誘惑である。

なぜならば、神はこの物質的な世界を、永遠の世界のテスト場として設定されたからだ。

神はこの物質世界を永続させようとは考えておられない。

この現世界は、永遠の世界にいたるためのステップとして最初から創造されたのだ。

エデンの園において「いのちの木」が生えていたことからこのことがわかる。

人間は自分の行いによってこの木から取って食べなければならなかった。つまり、神は人間の目の前に「にんじん」をぶらさげた、ということである。

人間は努力して永遠のいのちを獲得しなければならなかった。

ここにおいてすでに、この世界が過渡的な世界であるということがわかる。この世界は、「踏み台」なのだ。目標は「永遠のいのち」である。

この世界は「戦場」として創造され、悪の力との戦いの場なのだ。

この図式を見失えば、人間は「現世主義」になり、この世からの報いだけに期待することになる。そうすれば、堕落が起こるのは避けられない。

人間が堕落する本質的原因は、この世がすべてだ、と思うところにある。

この世界において完全に報われたいという願いから生まれるものは、「隠れてやれば・・・、ばれなければ・・・、どうせ来世なんてないんだから・・・」という神を恐れない生活である。

これは、サタンの誘惑である。

聖書では、クリスチャンは「地上のものではなく、上のものを求めよ」と繰り返して奨励されている。

古来信仰者は、この世界を自分にふさわしくないものと考えてきた。本当のクリスチャンであれば、この世界においてアウトサイダーにならざるを得ない。

「また、ほかの人たちは、あざけられ、むちで打たれ、さらに鎖につながれ、牢に入れられるめに会い、また、石で打たれ、試みを受け、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊ややぎの皮を着て歩き回り、乏しくなり、悩まされ、苦しめられ、――この世は彼らにふさわしい所ではありませんでした。――荒野と山とほら穴と地の穴とをさまよいました。」(ヘブル11・36-38)

ポスト・ミレについて誤解されないためにも、ここではっきり申し上げるが、ポスト・ミレは、現世で完結する世界を作ろうとしているのではない。

われわれが主張しているのは、この世界は過渡的な暫定的な世界ではあるが、だからといってこの世界を軽んじてよいというのではなく、それを来世への準備期間として尊重せよ、と教えているのだ。

イエスのたとえ話は、この世界の富を用いて、永遠の世界に入るための準備をせよ、と教えている。

「そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富(つまり現世の富)で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです。」(ルカ16・9)

死んでからあわてるのではなく、ちゃんと永遠の世界の準備をこの世界でしなさい、ということだ。

大切なのはバランスである。

この世界は過ぎ去るのだから、どうでもいい、というのでもなく、また、この世界だけなので、この世界で報いを全部受けてやろう、というのでもない。

このどちらも堕落につながる。

正しいありかたとは、この世界を永遠の世界、完全に帳尻があう世界への準備期間としてすごそう、という態度である。

どうもバブル以降、クリスチャンも、「この世だけだ」と考えるようになった気がするのだが、恐ろしいことだ。

死後御前に出たときに、神から「抜け目のある者よ。なぜ準備しなかったのか!」と叱責されないためにも、この世について正しい理解を得るようにしよう。

 

 

2004年6月28日

 

ツイート



 ホーム

 



millnm@path.ne.jp