ユダヤの結婚制度は世界歴史の模型である


聖書が示す結婚制度は、神と被造物の契約的合一を象徴している。

マリアがイエスを身ごもったとき、ヨセフとマリアは婚約中であった。しかし、ユダヤにおける婚約は、すでに法的には結婚と認められていた。だから、イエスは私生児ではなく、きちんとした結婚制度に基づいて誕生された。

ユダヤの結婚は、結婚後に1年間の別居期間があったため、ヨセフとマリアは法的には結婚していたが、実際的には同居しておらず、まだ本当の結婚の状態にはなかった。

私は、この2重の結婚の状態は、神と被造物の契約的合一の模型であると考える。

つまり、被造物が神との結婚の状態に入るには、「法的状態」と「実際的状態」の2段階があると考える。

イエスは、昇天前に、弟子たちに向かって「わたしは天においても、地においても、一切の権威が与えられています」と宣言された。

また、「私はすでに世に勝った(原語では『世を征服した』)」と宣言された。

ここにおいて、イエスは世界の王、所有者、主権者となり、「法的に」被造物と結婚の状態に入ったと言える。

この世界は、十字架によって「法的に」完全に聖められている(コロサイ1・20)。

しかし、「実際に」はそうではない。

我々の周りを見渡しても、キリストは実際的に王にはなっていない。人々は、キリストと無関係に様々な活動をしている。

つまり、我々の時代=千年王国の時代は、「婚約の時代」なのである。

婚約とはいえ、法的には結婚関係にある。

しかし、実際に同居して夫婦の関係にあるわけではない。

この期間に、二人が、実際に夫婦になれるよう準備しなければならないと同じように、我々は世界が実際にキリストを王として迎えることができるように、訓練しなければならない。

世界宣教の意味はここにある。

すでに聖められ、キリストの王国、キリストの花嫁となった世界を、実質的にもそのようなものとするために、訓練し、教育し、弟子化しなければならないのである。

神はイスラエルに向かって「カナンの地を与える」と言われた。

ここで、その土地の所有権が「法的に」イスラエルに移った。しかし、実際的には、まだカナン人のものであった。

法的に自分の領土であるものを、実際的な領土に代えるには、信仰と実践が必要だった。

その世代の人々の中でヨシュアとカレブだけが信仰と勇気を持ち、この資格を有していたので、彼と彼に率いられた次の世代のイスラエルが、実際に領土を獲得した。

同じように、我々も、信仰によって世界を弟子化しなければならない。

我々がなすべきことは:

(1)この世界はすでにキリストによって征服されていることを信じること。

(2)実際に信仰をもって征服すること。

である。

サタンは、ディスペンセーショナリズムとリベラリズムというニセキリスト教によって、(1)について我々に疑いを抱かせ、(2)を実行させないように働いてきた。

我々は、すべてのニセ思想から解放され、サタンのうそを見破り、(1)を信じなければならない。

そして、(2)を実行しなければならない。

 

 

2005年3月30日

 

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