国家主導体制は時代遅れ


国が、産業や教育などを主導するという体制は、外圧に対抗するためには有効であったかもしれない。

日本は、欧米の帝国主義勢力に対抗するために富国強兵を強いられた。

そのため、明治からの日本の国家体制は「自己防衛的」体制であり、いわば、戦時下の体制であった。

戦時下では、トップダウン式の支配体制は有効である。

軍隊はトップダウンでなければ機能しない。

しかし、戦時下でない場合、社会はボトムアップ式のほうが有効である。

現在、日本は普通の状態にある。もはや戦時下ではない。帝国主義列強が侵略してくるわけでもない。

このような環境においては、国家が産業や教育を主導するという体制は機能しない。

国のバイタリティは、国民の主体的な創意工夫から自然発生的に生まれてくるものに基づいている。

政治家や官僚が指導して生まれてくるものはたかが知れている。なぜならば、政治家や官僚は全知ではないからだ。

ソ連や北朝鮮を見れば分かるだろう。いくらトップが押さえつけても、庶民の間から生まれる様々な自発的活動の勢いを止めることはできない。

全体主義社会は、いずれ内部圧力に耐えられなくなって爆発する。

日本は、明治以来の国家主導の体制から脱却しようとしている。

これからは、国の管理領域を最小限にし、国民の内側から発生するエネルギーを邪魔しない体制に移行せざるをえなくなるだろう。

新しい体制のために必要なのは、規制緩和と減税である。

まだ日本の政治家はこのような環境の変化に気づいていない。早急に頭を切り替えて、福祉国家の実現、産業・教育の国家主導に見切りをつけるべきである。

 

 

2006年10月27日

 

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