明治維新の本質


子供の遊びで、ある子供が銀行になり、葉っぱをどんどん貨幣として流通させる権限を持てば、その子供がその社会のボスである。

労力は、葉っぱをかき集めるだけだ。

葉っぱを拾ってくるだけで、強大な権力を手に入れられる。

その葉っぱを使って、子分を作り、彼らを使いに走らせることができる。

他の人が葉っぱを拾って貨幣として流通させようとしても、そのボスのはんこが押してないと無効という法律で取り締まれば、ボスの権限は揺るがない。

ただの葉っぱを価値あるものに作り変えるのは、単に法律だけだ。

この時点で、このボスは、「無からの価値創造者」になった。

つまり、神だ。

不換紙幣を発行する中央銀行とは、現代社会における神である。

この神は、聖書の神のライバルである。

なぜならば、「光よあれ!」と無から価値あるものを創造できるのは聖書の神以外にはないからだ。

世界の神になるには、世界各国の中央銀行の株主になればよい。

武力で他国に侵略する必要はない。

世界の中央銀行の経営権を握れば、世界を支配できる。

アムシェル・ロスチャイルドが、「私に通貨の発行権と管理権を与えよ。そうなれば、誰が法律を作ろうが知ったこっちゃない。」と言った意味がこれでお分かりだろうか。

日本を支配しているのは、ほかでもない日銀である。

バブルを創造し、それを崩壊させたのも日銀。

前日銀総裁の福井氏が張本人らしい(リチャード・ヴェルナー『円の支配者』草思社)。

日銀を動かせばなんでもできる。

ロスチャイルドの世界征服とは、各国において中央銀行を設立する試みである。

明治維新の本質とは、ロスチャイルドによる日銀設立の目論見である。

 

 

2010年5月26日

 

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