日本は世界の動物愛護者の非難に惑わされてはならない2


人間にとって基準がないと迷走し、ばかげたことをやったり言うはめになることを如実に示しているのが、動物保護団体である。

イルカや鯨を採る日本やアイスランド、ノルウェーなどを非難する。

イルカが家族でたわむれているビデオを見せて、「こんなかわいい動物を殺すなんて許されない!」と叫ぶ。

バカかね。

じゃあ、こっちは、牛の親子や豚の親子のビデオを流して、「こんなかわいい動物を殺すなんて許されない!」とでも言おうか。

欧米では、鹿とか野生の動物のハンティングだって行うではないか。

エスキモーのところへ行って、アザラシ漁の反対運動でもやるのか?

首尾一貫せい!

日本の捕鯨に反対する動物愛護団体のメンバーは、絶対に動物の肉を食べたり、動物の毛皮や皮などでできたものを身に付けない覚悟があるのか?

こういった連中はキリスト教の神を捨てて、人間の良心に従っているため迷走しているのである。

「命」ならなんでも「奪ってはならない」と考えると、どうしたって肉食を続けることはできないだろう。

しかし、肉食は、神が人間に与えられた特権である。

我々がどの肉でも食べてもよいのは、神が許可されたからなのだ。

ある動物愛護者がテレビでインタビュアーに「人間の子供と動物の子供に価値の差はないのですか。」と問われて「はい。」と答えていた。

人間は動物と違う。

なぜならば、神は人間を神の似姿として、象徴としてお造りになったから。

人間は神の象徴なのである。だから、動物とはまったく異なる価値がある。人間を殺せば、神を殺したも同然である。

聖書がなければ、このように人間の命を価値付けることはできない。

 

 

2006年11月27日

 

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