歴史を貫く2つの流れ

 

ゲイリー・ノースがMoses and Pharaoという本の中で、この世界の主な戦いは、モーセとファラオの戦いであると述べた。

 

モーセはイスラエルの神、聖書の神を代表し、ファラオは異教の神、サタンを代表する。

 

一方は、契約的因果律を、他方は非契約的因果律を信じる。

 

契約的因果律とは、「神の意志を行うならば、祝福され、地を支配できる」とするが、非契約的因果律は「神の意志を行うかどうかに関係なく、人間は力や呪術によって強くなり、地を支配できる」とする。

 

この思想的対立はすでにエデンの園においてあった。

 

神は「私の命令を守れ」と言われたが、サタンは「神の命令を守るか守らないかは関係ない」と言った。

 

この世には様々な思想、考え方があるが、つきつめるとこの2つしかない。

 

前者は契約宗教、後者はパワー宗教。

 

前者は今日、聖書的キリスト教と呼び、後者はバベルの塔の宗教と呼ぶことができる。

 

イエスの時代、イエスは前者を代表し、イエスを十字架につけたユダヤ人たちは後者を代表した。

 

イエスは「栄光のイスラエルを取り戻すには、契約を守り、神に立ち返れ」と説かれたが、ユダヤ人たちは、「契約は関係ない。ローマに対して力があれば独立できる」と説いた。

 

後者は、後になって、実際にローマ軍と戦い、マサダで玉砕した。

 

ユダヤ人は全世界に散らされた。

 

イスラエルの失敗の原因は、「非契約的宗教」を選択したことにあった。

 

つまり、サタンに従ったということだ。

 

1948年に建国されたイスラエルという国は、実は、マサダの戦士たちを英雄とし、後者の考え方に基づいている。

 

この国を作ったシオニズムとは、契約的ではなく、非契約的な宗教に基づいている。

 

だから、聖書的クリスチャンは、イスラエルを手放しで応援することはできない。

 

霊的な流れから言うと、それは、バベルの塔の流れである。

 

実際、イスラエル建国を後押ししたロスチャイルドは、自らニムロデ(バベルの塔建設者)との関係を示唆している。(ロスチャイルドの企業にはニムロデの名をつけた会社がいくつかある。)

 

ロスチャイルドとバルフォアは密接に関係しており、バルフォアは、ウェストコットとホートと密接に関係している。

 

つまり、ウェストコットとホートの影響を強く受けている現代訳聖書は、ロスチャイルド―ニムロデ―バベルの塔―現代イスラエルとつながりがあり、それゆえ、それらは「バベルの塔の聖書」「非契約的聖書」と呼ぶことができる。

 

さらに、1830年代から流行り出したディスペンセーショナリズム神学を後押ししたのがロスチャイルド・イルミナティであり、神学の面からも、現代のクリスチャンは、非契約的な流れの中にいるということが分かる。