御言葉を正しく伝えることは最強の武器である


私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。(3)
私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。(4)
私たちは、さまざまの思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ・・・ます。(5)
(2コリント10・3-5)

Textus Receptus:
#gs#en sarki gar peripatounteV ou kata sarka strateuomeqa
ta gar opla thV strateiaV hmwn ou sarkika alla dunata tw qew proV kaqairesin ocurwmatwn
logismouV kaqairounteV kai pan uywma epairomenon kata thV gnwsewV tW qeW kai aicmalwtizonteV pan nohma eiV thn upakohn tou cristou #ge#

KJV:
For though we walk in the flesh, we do not war after the flesh:
For the weapons of our warfare [are] not carnal, but mighty through God to the pulling down of strong holds;
Casting down imaginations, and every high thing that exalteth itself against the knowledge of God, and bringing into captivity every thought to the obedience of Christ;

1.

私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。

3節「肉に従って戦ってはいません」の「肉に従って」の原語#gs#kata sarka#ge#は、「肉の手段によって(by way of flesh)」という意味。

ここで「肉」にあたる#gs#sarka#ge#は、ストロングギリシャ語辞典によると

flesh, body, human nature, materiality; kindred(肉、体、人間的性質、物質性、親族)

の意味。さらに、

In short, #is#flesh#ie# generally relates to #is#unaided human effort#ie#, i.e. decisions (actions) that originate from self or are empowered by self.
(つまり、「肉」は一般的に、「[御霊の]助けを借りない人間の努力」、すなわち、自己に由来するか、自己によって力を与えられる決定(活動)に関係する。)
https://biblehub.com/greek/4561.htm

つまり、「肉」とは「御霊の助けを借りない人間の努力」であり、「自分の願望や意思から出た、自分の力でやりとげようとする決定や活動」を意味する。

肉の特徴:

(1)自分の願望をかなえるために行動をする。
(2)御霊の助けを借りず、自分の力でやりとげようとする。

(1)真のクリスチャンの行動は、自分の願望から出たものではなく、御霊の思いから出たものである。

御霊は主の祈りが成就することを願っておられる。

神の栄光を求め、神の国を拡大し、神の御心が地上で成就することをお求めになる。

それとは逆に、肉は自分の栄光を求め、自分の国を拡大し、自分のの願いが地上で成就することを求める。

真のクリスチャンは、このような動機で戦おうとしないし、戦うことができない。

肉的な動機で戦っても失敗すると知っている。

(2)真のクリスチャンは、人間の力だけでやりとげようとせず、御霊の助けを借りようとする。

肉に従って戦う人は、人間的なもので勝利しようとする。

そのために様々な策略を練る。

伝道集会で、人が感動するメッセージを用意したり、決心しやすい音楽を流す。

心理学や話術を利用し、巧みに人を誘導しようとする。

人に嫌われないように「罪」という言葉を使用しないようにする。

彼らは真の意味において「御霊の助け」を期待しない。

しかし、真のクリスチャンは「人が救われたり、世の中が神の国に変わるのは御霊の働きである」と知っている。

真に回心したことのある人なら、御霊の働きを体験しているはずである。

それは突然やってくる。

なにげなく、耳に入ってきたり、目にした御言葉とともに、御霊は突然降臨される。

神の救いは「超自然的現象」であり、「感動したから」とか「教会に親切にしてもらったから」起きるようなものではない。

御霊が下ると、その圧倒的なパワーに驚く。

自分で抵抗できるようなものではない。

まさに「不可抗的恩恵」なのである。

このような体験のある人は、人間の知恵や力には頼らない。

2.

私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。

われわれにとって、礼拝人数がどうの、所属会員数がどうの、献金額がどうの、など関係がない。

支援者が減って一人もいなくなってもいい。

御言葉を正しく伝えるためならば、今の教勢をゼロにしてもいい。

われわれがしがみつくべきものは、教勢の維持ではなく、御言葉に立つ純粋な教理である。

神の国建設は、人気商売ではない。

神の国建設は、御霊による超自然的な活動である。

われわれに与えられた武器は「御言葉」である。

心理学を利用しなくても、話術が巧みでなくても、人間的な魅力がなくてもいい。

御言葉を正しく伝えていることが武器なのである。

御言葉を正しく伝えるならば、それは「神の御前で、要塞をも破る」ことができる。

なぜならば、御霊が働かれるからである。

御霊が下れば、悪魔崇拝者のトップですら、回心する。

3.

私たちは、さまざまの思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ・・・ます。

御言葉という武器を使えば、次のことができる。

(1)さまざまの思弁を打ち砕く
(2)神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕く
(3)すべてのはかりごとを捕虜にしてキリストに服従させる

(1)聖書的ではない教理や哲学、思想、考え方、意見、学説は、御言葉によって粉砕される。

かつて共産主義者は、キリスト教を消し去ると豪語していた。

彼らの作ったソ連は崩壊し、現在、ロシアではキリスト教が復活している。

人間の頭が作り上げた学説や思想は、時代とともに古くなり、廃れてしまう。

しかし、御言葉は神の御心なので、不滅なのである。

どんなにポリティカル・コレクトネスが盛んになり、ジェンダーフリーやLGBTがはびこって、人々が「同性愛も愛の表現の一つである」と言っても、御言葉が「同性愛は罪である」と言っている以上、粉砕される運命である。

(2)神の知識に逆らって立つあらゆる高慢な学説は粉砕される。聖書に啓示された真理に対して傲慢に振る舞う人や考えは粉砕され、あとかたもなくなる。

(3)すべてのはかりごと、つまり、あらゆる陰謀は、武装解除され、捕虜にされ、キリストに服従させられる。

イルミナティの世界政府建設計画も、武装解除され、捕虜にされ、キリストの足台になる。

計画を立てたシオンの長老(パリサイ人)たち、実行部隊のロスチャイルド、ロックフェラー、イルミナティ13家族、ディープステートの連中、すべてキリストの足台にされる運命である。

御言葉を正しく伝えることによって、世界の陰謀は粉砕される。

 

 

2019年9月10日



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