稲荷神社とキリスト教2


1.

すでに述べたように、伏見稲荷神社の祝詞に「それ神は唯一にして、御形なし。虚にして、霊有り」とあり稲荷神は唯一神。

別の名を「三狐神」という。

影絵の狐=弥勒のハンドサイン=景教で「三位一体」の象徴。




稲荷(いなり)はイエスの十字架の罪状書きの言葉「ユダヤ人の王 、ナザレのイエス」のラテン語版の頭文字INRIから。

その罪状書きのヘブル語版はYHWH(ヤハウェ)。

つまり、イエス=ユダヤ人の王=INRI=ヤハウェ。

稲荷神=ヤハウェ=三位一体神。

弥勒菩薩像のある広隆寺は、秦氏の氏寺で、もともと景教の寺院。

秦氏の氏神は伏見稲荷大社の稲荷神。

秦氏でつなぐならば、稲荷神=景教の神=ヤハウェ。

2.

一説では、YHWHは、ヤーウェと発音すべきと言われている。

私は、「弥栄」(やえい、やさか、やえ、いやさか)はもともとYHWHからきていると考えている。

弥栄(八坂)神社は、牛頭天王・スサノオ(素戔嗚尊)を祭神とする祇園信仰の神社で、八坂氏の氏神だが、八坂氏は秦氏の一族である。(『失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎』 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス))

つまり、秦氏=八坂氏=八坂神社=弥栄=ヤハウェ=稲荷神のつながりがある。

日本書紀では、素戔嗚尊は罪を背負って贖いをする人として描かれている。

「罪を素戔嗚尊に科(おお)せて、其の祓つ物を責(はた)る/日本書紀(神代上訓注)」三省堂提供「大辞林 第二版」

これは、「罪を素戔嗚尊にきせ、贖罪のものをとった」という意味である。

つまり、弥栄(八坂)神社は、罪を背負って贖罪をする人を祭っている。

罪を背負って贖罪をする人といえば、イエス・キリスト。

弥栄(八坂)神社=イエス・キリストを祭るヤハウェ神社。

結局、日本人は、異なる神々を拝んでいるつもりが、実は、同じ神イエス・キリストを拝んでいたということなのである。

 

 

2016年8月7日



ツイート

 

 ホーム

 



robcorp@millnm.net