しかし、不思議な現象だ。
国の存亡の危機に、国内の反応がまったくない。
TVは特集を組まない。
人々は、日常と同じ生活をしている。
人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。
洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。
そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。(マタイ24・37−39)
「洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです」。
自分に突然滅びが襲う。
これは、つまり救われない人々の特徴だ。
日常がずっと続くという誤解。
神が裁きを行わないという誤解。
「不道徳なことをしても、大丈夫。神はいない。」という誤解。
「すべての物をさらってしまうまで」分からない。
ちょっと失ったことを重大視しない。
「尖閣くらい」「竹島くらい」と考える。
小さな損失がいずれ国家全体に及ぶことを悟らない。
自分の周りに外国の軍隊が入ってきて、みんな奪うまで気づかない。
小さな兆候で騒いでいる人々を「頭のおかしな陰謀論者」とレッテル貼り。
私はそういった人々については、あわれみはない。
警告を無視した人々にまであわれむ余裕はない。