この世界は永遠には続かない


紀元70年ごろに、イエスは新天新地を開始された。

われわれが生きている世界は、新天新地である。

その新天新地は「キリストを王とするニュー・ワールド・オーダー(NWO)」である。

このように言うと「じゃあ、この世界が永遠に続くということになるのですか」と問う人がいるかもしれない。

この世界は、あくまでも「永遠の世界への準備」である。


兄弟たちよ。私はこのことを言っておきます。血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。
終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。
朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。
しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた」としるされている、みことばが実現します。(1コリント15・50, 52-54)

われわれは「朽ちないものを相続」しなければならない。

つまり「この世界は朽ちるので永続的なもの、最終的なものではなく、それゆえ相続対象ではない」ということである。

そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです。
小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。
ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなかったら、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょう。(ルカ16・9-11)

「不正の富」とは「まことの富」の反意語である。

つまり「まことではない富」。

われわれが今生きている世界は、新天新地であり、イエス・キリストを王とする世界なのであるが、しかし、「まことの世界」ではない。

それは「永遠の住まい」への準備の場でしかない。

われわれは、この準備の場において試されている。

小さい事に忠実かどうかチェックされている。

この世界において任せられている領域について忠実かどうかチェックされている。

もし忠実であると証明できれば、大きな事を任せられる。

つまり、この朽ち行く世界においてわれわれに与えられている能力や才能、財産、機会、時間、・・・を神の国の拡大と充実のために使ったか。

もしそれを示すことができれば、われわれには、永遠の住まいにおいて、大きな事が任せられ、報いが大きい。

フルプレテリストは、この世界が永遠に続くと考えるが、彼らは、「朽ち行く世界は相続対象ではない」という聖書の主張を無視している。

われわれの相続対象は、朽ちない永遠の世界である。

 

 

2021年6月11日



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