カルケドン・レポート翻訳


民族主義


R・J・ラッシュドゥーニー


 現代の知識人の頭を悩ましている問題の一つに民族主義があります。民族主義は、非合理思想であり、それゆえに現代の知識人にとって扱いにくい問題なのです。現代のほとんどの民族国家は、実に多種多様な集団によって構成されています。二三のヨーロッパの国家には多数のケルト人が住んでおり、彼らは民族の自主独立を求めています。スペインのバスク人も独立することを強く求めています。このような例は枚挙にいとまがありません。マルクス主義は、民族主義に強く反対していますが、ソ連は、様々な少数民族にとって民族思想の温床となりました。

 知識人たちは長い間、国際主義(internationalism)や世界政府を唱道してきましたが、これはかえって逆の効果しか生み出してこなかったようです。彼らの懸命の努力にもかかわらず、今日、民族主義だけではなく、地方分権主義までも復活の兆しを見せつつあるのです。

 現代の民族主義は、非合理的です。「自然の境界線」を持っている国家などほとんどありません。島国でさえも、様々な民族集団をかかえています。イギリスには、イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人がいますが、最も調和のとれた関係を維持しているとは言えません。日本も、外側から見れば単一民族国家のように見えますが、中には古い歴史を持つ様々な民族が存在します。メキシコにも、インディアン、スペイン人、メキシコ人がいます。

 これらの様々な問題をかかえながらも、現代の民族国家はしっかりと生き残り、自己主張を再開したのです。国際主義が広がりを見せる中で、同時に、チェコスロバキアやソ連やユーゴスラビアの解体が起こりました。同じ様なことは、これからも時を移さず起こる可能性があります。

 これと並行して、世界政府への求めはきわめて強力です。知識人や「自由主義者」たちは、世界政府こそ人間の諸問題に対する、理に適った、不可欠の解決手段であると考えています。なんといっても、近代国家の大半は、きわめて多様な性格をもつ国家の寄り合い所帯としてスタートしました。かつてフランスは様々な民族の集合体でした。ドイツは、18世紀になってもしばらくの間は、大小様々な国が分立する連邦国家のままでした。今でも、ドイツには、ドイツ人と呼ばれるよりも、ヘシアン人、ポメラニア人、バヴァリア人と呼ばれることのほうを好む人々が数多くいるのです。

 本稿の目的は、民族主義を擁護することでも、国際主義を非難することでもなく、現代の謬説に注意を喚起することにあります。民族主義がなぜ非合理であるかというと、それが理性に反するからではなく、それが理性的な求めに基づいていないからなのです。むしろ、民族主義は、理に適った歴史的発展と必然から生まれている可能性があるのです。また、国際主義が合理的な考えであると述べたとしても、それが[歴史的]必然になるわけではありません。現代の世界は、世界が論理的な発展を遂げていると考えるヘーゲル思想に強く影響されています。しかし、歴史は理性の作品ではありません。また、ヘーゲルの絶対精神が作り上げているものでもありません。その目標と発展は、哲学者たちが理性的であると判断したものによっては決定されていないのです。現実はまったくこのようなものではないのです!

 プラトンから(源流を辿ればバベルの塔からということになるでしょうが)今日に至るまで、ヒューマニズムは、「歴史とは、理性的秩序と目標を目指して進む運動である」と考えてきました。しかし、歴史を支配する「理性」は、人間の理性ではなく、神の理性なのです。それは、神の至高の目的と命令に従って進行しているのです。歴史の意味は、人間の理性のうちに見いだされるのではなく、神の永遠の計画のうちにあるのです。「理想」社会は、人間によって作られ、人間によって管理されるはずでした。社会は、人間の真理観と、神からの自由に基づいて作られるはずでした。しかし、民族主義は、神のようになろうとするこの人間の野望を挫く障害物となってきました。人間にとって、言葉の混乱は分裂の元凶でした。人間は、罪が悪いのではなく、分裂が悪なのだと考えてきました。

 民族主義は、必ずしも、民族国家への「自然的」かつ適切な分裂を意味しません。それは、少なくとも、世界的専制体制の誕生を未然に防ぐ防波堤の役割をある程度果たしているのです。様々な形の専制的体制が力を持ちつつある現在、まさにそのことのゆえに、分裂も進行するのです。歴史に対する理性の勝利(たいていの場合、悪い理性の勝利)であるマルクス主義は、これからもさらなる民族主義を生み出していくことでしょう。中国は、統一国家の外貌を保ちつつも、再び、その内部に様々な自由領域の分立を許し、実際、昔の軍閥による群雄割拠の状態に戻ることになるのかもしれません。統一への圧力が強まるにつれて、分裂への欲求も強まるのです。

 知識人たちは、世界政府に対して強い確信を抱いています。その確信があまりにも強すぎるために、世界がその合理主義に基づくプロットどうりには動いていないということ気づかないでいるのです。人間の未来を決定しようとする現代人の夢は、挫折する運命にあります。それは、歴史にも、未来への希望にも根ざしていないからです。

This article was translated by the permission of Chalcedon.

Chalcedon Report No. 376, November 1996 の Nationalism の翻訳。

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